表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/121

70 犬の人攻略・バレンタインデーの虐殺(精神的に)

 三人と二匹のバレンタインパーティはつつがなく終わった。

 といっても、

(1)私がチョコケーキを進呈し、それを三人で切り分けて食べる。

(2)犬たちにプレゼント(犬オモチャとかアクセとか)をあげる。

(3)犬と遊ぶ。

 それだけの催しである。


「山田さん、今日はありがとう。ケーキ、美味しかったよ」

 そう言ってくれる中村さんに頭を下げ、笑顔で挨拶をする。悪いな中村。今回の攻略対象はアンタじゃないのだ。

 小林さんが家まで送ってくれる。基本ひとりで家に帰っていた今までとは違い、今回の周回ではこれがあるのが強い。これも小林さんを告白対象に選んだ理由の一つだ。

 中村さんと二人きりになるのは難しいが、小林さんとは高確度で二人きりになれるのである。


 折しも、ちらちらと雪が舞い始めた。聖夜の演出キタ! これは成功の可能性アリか?

 鼻歌を歌いながらサザンカのリードを持って先に立って歩く小林さん。私は放置。送ってる意味あるのか。


「小林さん」

 後ろから名前を呼ぶと、彼が足を止めた。

「ゴメン、先に進みすぎちゃったかな」

 うん、それもあるけどさ。ていうか気付いてるなら私に合わせてよ。


「いえ、あの。……お話があって」

 面倒くさいからツッコまず、ゲームを進めることに集中する私。バイトの鑑。

「話?」

 不思議そうにオウム返しする小林さん。ニブイな、察しろよ。それでも乙女ゲーの攻略対象か。


「これ、もらってください」

 私は用意していた本命チョコを差し出す。チョコケーキ+犬へのプレゼント+本命チョコで、お財布的にはちょっと痛いが必要経費だから仕方ない。ドッグショーで犬に上位を取らせるための投資よりは、ゲーム的に正しいお金の使い方だと思う。


「え?」

 相変わらずぼけっとしている小林。もう一度言う、ニブイな! 伊藤くんくらいの過敏な反応を見せてみろ。

「小林さん・に・もらって・ほしい・ん・です」

 私の口調もつい荒くなる。どうせゲームキャラ、パラメータに関係あるとすれば口にした内容で口調までは関係ない……だろうと思いたいが。

 このゲーム、シナリオはともかく技術的にはかなり高度なものを作っている気もする。こっちの口調とかビミョウな態度までパラメータ判定に加えられてないよね? ちょっと怖いなあ。今度、その辺りは梨佳に確認しておこうかな。


「えっ、いいの? どうしたの、余ったの? 甘いもの好きだから、喜んでもらうけど」

 と張り切って手を伸ばすこいつは小学生男子か。分かってない。絶対、分かってない。

「小林さんのために用意したから、もらってほしいんです」

 仕方ないのでハッキリ言う私。毎回、このシーンが苦痛だよなあ。モニターされてて、後で梨佳や室長にチェックされると思うと特に。


「小林さんが好きだから」


 相変わらず、芸のない告白しかできない私。

 カッコいい告白とか出来る人はパラメータにボーナスついたりするんだろうか。


「えっ?」

 そう言ったきり小林さんは絶句してしまった。あ、なんかデジャヴ。つまりはイヤな予感。

「山田さん、俺のこと好きなの?」

 仕方ないからうなずく。本当のところ、私は小林さんのことを好きなのだろうか。かなりビミョウなラインだ。イメージが『中村さんの後ろで跳ね回っているテンションの高い犬』なんだよな。


「中村のことを好きなんだとばかり思ってた」

 そう言われて、何だかドキッとした。

 今、心の中で思ったことを読まれた気がして。(そして脳波とかいろいろスキャンされてるはずだから、ホントに読まれていてもおかしくないんだという怖いことに気付いてしまう)

 

 バイトだからと、おざなりに攻略している自分。そのことを無言で非難されている気がして、彼の顔を見つめ返してしまう。

 小林さんはただのゲームキャラ。梨佳の作ったシナリオに沿って動くだけの人形なのに。


「本当に? 本当に俺でいいの」

 そう念を押されると良心が疼く。……だけど。

「いいんです」

 そう言い切らないと、攻略なんか出来ないではないか。


 沈黙が落ちる。

 雪の中、小林さんの目がじっと私を見る。サザンカでさえ、この緊張感が分かったように声ひとつ立てない。彼が再び口を開くまでの時間がひどく長く感じられた。


「嬉しいよ。ありがとう」

 笑顔で言われた。 

 来た? ついに来た? 長い長い時を経て、ついに攻略成功?

 ……と舞い上がったのも束の間。


「でも、ごめん。残念だけど受け取れないや」

 という信じられない言葉が発せられた。

「な、なんで」

 思わず素で聞いてしまう。プログラムで動いているゲームキャラ相手に素で反応するほど悲しいことはないのだが。


「ごめん。俺、今のままの関係が楽しいんだ。山田さんと中村と俺と、ハヤテとサザンカでわいわいさ。このままでいようよ」

 にっこり。いい笑顔を浮かべる小林。

 何コイツ。今までさんざんバカやっといて、何でヒトを振る時に限ってこんないい笑顔してんの? めっちゃ腹立つんですけど。


「それに、ここで俺だけチョコもらっちゃうと中村に悪いし。中村も山田さんとこれまで通り友達でいたいと思うんだ。あ、俺のこと嫌いにならないでね? いい友達でいよう」

 ふ・ざ・け・ん・な。勝手なこと言ってんじゃねー。

「じゃ、行こう。ちゃんと送ってくからさ。いつまでもこんなところに立ってると風邪ひいちゃうよ。よーし、走れサザンカ!」

 

 小林はサザンカと共に、雪の中をアホみたいに走り出した。

 犬か。童謡に出てくる犬か。雪だからテンション上がってるのか。そして私、また放置? 送ってもらってないだろう、これじゃ。

 仕方なく雪の中、小林とサザンカを追って走り出す私。何だコレ。何なのこのシナリオ。バレンタインに雪が降ってるのに、ロマンティックのカケラもないんだけど。足元がすべって怖いって感想しかないんだけど。



 私の今回の周回は、よりにもよって小林にフラれるという屈辱的な結果で終わったのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ