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68 犬の人攻略 クリスマスイベント・続き

 悩んだが、とりあえず今のまま続けることにした。私の使命は、考えるのもイヤなほどあるこのゲームのエンドを全て暴くこと。この流れが私を何か別のエンドに導かないとも限らない……ホント読めないからな、このゲーム。


 白いご飯とフライドチキンのみという脂っぽい食事を三人でとる。このメニューだと話がはずまないんだよね。(追加のメニューを作ると、明らかに笑顔が増えて会話も弾むのだ)

 食べた後は犬と遊ぶタイム。と言っても食後にいきなり遊び始めるのは小林さん一人で、私は中村さんとお皿洗いをする。


「ほーら。どうだハヤテ、サザンカ。楽しいか?」

 クリスマスプレゼントの犬用おもちゃ(かんで楽しむヤツ)を二匹に見せて気を引く小林さん。気楽だなあ。ちなみに犬にはプレゼントがあるが、人間同士のプレゼント交換はない。

『女の子が喜ぶものはあげられないと思うので、初めからナシにしましょう』

 と先に中村さんからクギを刺されている。


「山田さんはお客様なんだから、小林みたいにリラックスしていていいんだよ」

 小林は客じゃないけどね、と付け加える中村さん。

「いえ、お邪魔しておいてそういうわけにもいきませんから」

 私は答えた。


 目の前にキッチンあるしね。中村さんちはワンルームマンション。見えるところで中村さんだけを働かせておくのもどうかと思うのだ、二十八歳の常識としては。

「山田さんは働き者なんだね」

 中村さんが優しく笑った。


 ほら、やっぱり今回の周回は一味違うぞ。こんなに笑いかけてくれる中村さんは、多分初めてだ。

 優しくされると期待しちゃうじゃないか。うまくいくんじゃないかって。梨佳の脳内なのだから、期待すると足をすくわれるに違いないんだけど。分かってるんだけど。

 ドキドキしちゃう自分は単純なんだろうか。


 洗い物を終えた後、三人と二匹で楽しく遊ぶ。隣家への迷惑が気になってきた頃に終了。ケーキを食べて解散だ。

 ケーキは美味しいのだが、やっぱり一人当たりの割り当てが多い。ここでも梨佳は無駄な凝り性パワーを発揮しており、ケーキの種類は毎回ランダムに変わる。しかし量はほぼ変わらない。どんなに美味しくても確実に飽きる量をあてがわれる。何なのこのゲーム、どこまで苦行なんだ。


「ごちそうさまでした」

 お皿を片付けようとすると、

「いいよ、後は僕がやるから。もう遅いし、山田さんは帰った方がいい」

 中村さんが止めた。

「でも」

「気を遣わないでいいから」

 そんなに優しく言われると、無理に『やります』って言えなくなるしなあ。


「小林。山田さんを送って行けよ」

「分かってるって。最初からそのつもりだよ」

 さっさと靴をはいている小林さんにも声がかけられると、手伝うと言い張るのもおかしい気がする。結局、私はお礼を言って帰ることにした。


 サザンカとハヤテちゃんがちょっと別れを惜しんで、それでクリスマスイベントは終わり。あんまり今までのクリスマスと変わらなかったな、冷静に考えると。

 中村さんがちょっと優しかった、それだけだ。

 サラダを作ってくれば、もう少し違う展開になったのだろうか。その点が悔やまれる。


「山田さん。どうしたの?」

 小林さんに声をかけられ、ボーっとしていたことに気付いた。

「ご、ごめんなさい」

「疲れた? はしゃぎすぎたかな」

 いや、はしゃいでたのはアンタだろ。


「サザンカのリード、俺が持つよ。貸して」

 と言うのは私を気遣っているのか、ただ犬と戯れたいだけなのか。両方なのかもしれないが、多分後者の比重の方が大きい。そう思うとため息が出る私だった。

「お願いします……」

 リードを持つ手を前に差し出した時、受け取ろうとした小林さんの手が私の手に触れた。


 寒い日なのに触れた指先が熱くて、私は思わずパッと手を引いてしまう。

「あ、ご、ごめんっ!」

 小林さんもあわてて手を引く。


 ハプニングのせいでリードを強く引っ張られたサザンカが、何事かと吠えたてて抗議した。

 おとなしくさせようと慌てて抱き上げたが、私も動揺していてすぐにサザンカを落ち着かせてあげられない。


 リードの受け渡しなんて何度も何度もやって来たのに、こんなこと一度もなかった。

 大したことじゃないのに、そのせいで胸がドキドキ鳴る。

「ごめん、山田さん。ウッカリしてて。わざとじゃないんだ」

 シュンとしてあやまる小林さんは叱られた子犬みたいだ。


 わざとじゃないというのは乙女ゲーム的にどうなのか微妙だが。わざとじゃないと言いつつわざと触ってくれるくらいにならないと攻略的にマズいのだが。

 とか思いつつも素直に頭を下げるその姿が、何だか少し可愛く見える。


「いえ。気にしてません」

 私の言葉を聞くと、彼は顔を輝かせた。

「良かった。これから気を付けるからね。ほらサザンカ、大丈夫だぞ。おとなしくしろ」

 まだキュンキュン言っているサザンカに手を伸ばし、わしゃわしゃなでる。


 ちょっと待って。サザンカ、今、私が抱っこしてるんだけど。

 近い、手が近い! サザンカをなでる手が私のアバターの肩とか頬とかささやかな胸とかに当たりそうで、余計にドキドキしてしまう。

 小林ー! お前、本当に反省してるのか?


 サザンカはおとなしくなったけれど、私の胸の高鳴りはアパートに帰っても止まらなかった。



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