67 犬の人攻略 クリスマスイベント
日々は何となく過ぎ、話はドッグショーに出演するハヤテちゃんをみんなで応援する方向に流れた。
私は今までの経験を活かしてさりげなくアドバイスなどしつつ、体を引き締めるため散歩時間の伸びたハヤテちゃんに(サザンカと一緒に)付き合ったりする。
サザンカはハヤテちゃんほど長く歩けないから、疲れて来ると小林さんに抱っこされている。小林さんは実に嬉しそうだ。私と話しているよりサザンカを抱いている方が確実に嬉しそうだ。今までよりマシとはいえ、やっぱり微妙にイラッとするな、このルート。
「山田さん。ハヤテの歩き方どうかな」
中村さんが私を呼んだ。ハヤテちゃんの様子を見るために並んで歩く。
「落ち着いているし、いいんじゃないでしょうか。当日、慌てるようなことが起こらないといいですね」
三つ前の周回ではドッグショーの会場にスズメバチが紛れ込んで犬たちが大パニック……なんて展開もあった。無駄なイベントの数だけは充実しているこの『マニアック』。パラメーターの微小な差が、どんなとんでもイベントを召喚しないとも限らない。
「山田さんは落ち着いているね。何だか経験者みたいだ」
にっこり笑って言われて、私はついドキッとしてしまった。(恋愛的な意味ではなく)
私が繰り返す時の円環を旅するトラベラーである。そんなことはゲームキャラである彼に分かるはずもないのだが、面と向かってこんなことを言われると何故だか『バレてはいけない』と反射的に思ってしまうのだ。人の心ってミステリー。
「そ、そんなことないですよ。中村さんのほうが落ち着いてます」
なんて、ごまかすように言う自分。別に口から出まかせではなくて、本当に中村さんには落ち着きがあると思うんだけど。小林さんと比べるのもアレだが、伊藤くんや佐藤ゲス人と比べても落ち着いているのではないだろうか。さすがにマスターやドン鈴木と比べるつもりはないけど。
「はは。俺は、よく年寄り臭いって言われるから」
と苦笑されてしまった。そんなところにコンプレックスがあったのか。
梨佳……相変わらず難しすぎるから、予想できないところに地雷埋めるのやめて。確かにドン鈴木のほうがギラギラしていたけれども。
好感度下げてしまったかとビクビクする私に、中村さんは微笑んだ。
「クリスマス、俺の家で小林とチキンとケーキでも食おうかって言ってるんだけど。山田さんも来る?」
クリスマスーーー!
来た。ついにこのイベントが来た。
グッドまたはトゥルーエンドを迎えるために必ず越えなくてはならないであろうこのイベント。(ドン鈴木ルートとか佐藤ゲス人ルートとかイベントなしでクリア出来るルートもあったけど、ああいう特殊な例は忘れる)
何とか中村さん小林さんと聖夜を過ごそうと、今まで私は苦闘してきた。
もちろん一緒に過ごしたクリスマスもある。しかしそれは、クリスマスの話をしている二人の間に私が割って入って無理やり混ぜてもらい、三人でがらんとした家の中でコーラで乾杯し黙々とチキンとケーキを食べるだけという寒々しいイベントだった。
しかし今、ついに待ちに待った中村さんからのお誘いが来たのだ。
今度こそは違う展開が、違うクリスマスが、私を待っているに違いない。
「行きます!」
勢い込んで申し出を受ける私。
「良かった。小林が大きなケーキを予約してきちゃったから、どうしようかと思ってたんだ」
中村さんのお答えは微妙に不穏な気がするが、気にしない。
当日はワンピースを新調し、サザンカも気合を入れて可愛くしてやって会場(中村さんのアパート)へ。この周回ではドッグショーの準備にお金をつぎこんでいないので、いくらか余裕がある。ゲーム開始当初の貧乏生活が嘘のようね、おほほほほほ!
「やあ、いらっしゃい」
チャイムを押すと、中村さんが笑顔で出迎えてくれた。
「じゃあチキンを食べよう。小林、茶碗出して」
ってアレ……? この流れは……?
もう一度、詳しく説明しよう。何度か経験した『中村さんちのクリスマス』。それは大量に購入されたチェーン店のフライドチキンをご飯と一緒にみんなでひたすら食べ、犬と遊んだあとホールケーキをひたすら食べ、油で気持ち悪くなったところで解散というイベントである。飲み物がコーラのみというところがまた絶妙に気持ち悪さを盛り上げてくれる。
一食における脂肪含有量のあまりの高さに辟易した私は、最近はサラダを持参したりキッチンを借りてスープを作ったりして食卓の彩を増すことに力を注ぎ、それは好評でもあったのだが。
今回は油断した。
中村さんが誘ってくれた今回は今までとは違うのだと思い込み、油断していた。
テーブルの上には、山積みのフライドチキンと白いご飯。
やばい。失敗した感濃厚。
ログアウトしてやり直した方がいいのか、ものすごく悩むところだ。
ああ、なぜサラダを作らなかった、私よ。ここはオシャレよりサラダだった……!




