66 二人の帰り道
中村さんのおかげで、私はサザンカとの仲をこじれさせないで済んだ。その後は私がサザンカと遊び、ハヤテちゃんの面倒は中村さんが見て、小林さんはその時々で気になった方に適当に介入する。そんな感じで日が暮れるまで遊んだ。
「そろそろ帰ろうか」
日が傾きだした頃に中村さんがそう言って、みんなで中古のバンに向かう。犬たちの体から砂を払い落としてやる。小林さんとハヤテちゃんがまず中に飛び込み、それを追うサザンカに私も続こうとしたら、
「気を付けて」
声をかけられてまたビックリした。
今までだったらさっさと運転席に行ってしまっていたはずの中村さんが、私がバンに乗り込むのに手を貸してくれた。ど、どういうこと?
といってもそれ以上の展開は何もない。助手席はハヤテちゃんのものだし、私は後部座席で小林さんと並んで座り、サザンカを抱っこしているだけ。会話もいつも通り、ほぼ中村さんと小林さんの二人だけで進んでいく。
けれど、このほんのわずかな変化が私の乙女心に確実に火をつけた。
この周回は本気でドッグショーを捨て、私は久々に二人との親交を深めることだけに集中する!
ちなみにドッグショーについては、犬のパラメータが一定以上上がると出現するイベントらしいが。
「ドッグショーに出す気はないの?」
という中村さんのお誘いの言葉を今回は華麗にスルーする。
「ありがとうございます。でもサザンカには無理させなくてもいいかなって」
これは本音三割、お愛想三割、中村さんがどう出るか様子見四割といった台詞だ。
「それにハヤテちゃんが出るならお手伝いしますよ。私も勉強になりますし」
これは謙遜。この数週間を(ゲーム内の)ドッグショーのためだけに消費し続けた私は、もうベテランと言っていいよ? ドッグショーなら裏の裏まで知り尽くした(気がする)よ?
中村さんはビックリしたように私を見てから、
「ありがとう」
と、はにかむように言った。
中村さんと目が合うことが増えている。
考えてみると今までの長い付き合い(私視点)では中村さんって基本、犬を見ていたような気がする。
目と目を合わせて話をしたのって何回くらいあるんだろう。そう思ってしまう程だ。
だが今回の周回では、ちゃんと顔を見て私に話しかけてくれることが増えてきた。
小林さんとの会話に『混ぜて』くれるんじゃない。『私に話しかけて』くれる。
それに伴い小林さんの方にも変化が現れた。
秋ごろ、バイトの終了時間近くに小林さんが顔を出した。しかも中村さんは一緒ではない。珍しいことに単独での出現だった。
「近くまで来たからさ。一緒に帰ろう」
一体何があったんだ? この二人に関わり出して相当長いが、こんな展開は初めてだぞ。
かなりビビったが、これが待ち望んだ展開であることには違いない。私は素直にうなずいた。
とはいえ、この時のバイトはドッグラン。私は汗臭いジャージの入った大きなカバンを持ち、シャツにジーンズというラフな姿。ロマンティックのカケラもない。
小林さんがサザンカのリードを持ちたがるので任せる。この人、放任主義というか楽しさ優先みたいなところがあるので、ちょっと全幅の信頼を持って任せられないというか見張ってないといけないんだけれど、一応礼儀として渡さぬわけにもいかないだろう。
「サザンカはいい犬だなあ。よく言うことを聞くし」
嬉しそうに歩いている。犬が好きは好きなんだよね、この人も。
「小林さんは、犬を飼わないんですか?」
と聞いてみた。
「うちはマンションだし、親が猫飼ってるんだよね。俺は犬も好きなんだけど、両方は難しいから」
そうだったのか。この人たちと関わるストーリーラインは三十回以上周っているが、ここでついに新たな個人情報が出た。長い道のりだった……。
「山田さんはひとり暮らしなんだよね。大変だね」
スゴイ無邪気に聞かれますが。あれっ、男の人にひとり暮らしだって教えて、家の場所まで教えちゃうのは……OKなのか……? いや、そういう目的のゲームだからOKなのかもしれないけど。
しかしこのゲーム、どこにどんなバッドエンドが潜んでいるか分からないからなあ。
ということで、ひとり暮らしについては笑ってスルー。アパートの近くに来たところでリードを受け取って別れる。
「じゃあ気を付けて。時間あったらまた来るね」
小林さんは笑って手を振った。
「これから日が短くなるし。女の子ひとりじゃ危ないからさ」
いや、サザンカいるけどね。トイプードルだから痴漢撃退の戦力になるかは謎だけど。
それでも今までと違う形で回り始めた日常に、私の胸は高鳴り出していた。




