65 ハヤテちゃん攻略 続き
この作戦は進めていくほどに手ごたえがあることが分かった。
まずメインターゲットであるハヤテちゃん。今まで私は彼女のことを『ごく温厚で中村さんの言うことをよく聞く出来た犬』という程度にしか考えていなかった。が、よく観察してみるとハヤテちゃんにもハヤテちゃんなりの感情の動きがちゃんとあるのだ。
確かに温厚で主人の言うことをよく聞くいい犬なのだが、真面目すぎて自分を後回しにしてしまったり、相手のことを優先しすぎて自分が損をしてしまう面があるような。
そういうところは犬付き合いで一番よく発揮されるのだ。
小林さんが何かをくれる時にハヤテちゃんはいつもサザンカに順番を譲ってしまう。遊んでもらうのだってサザンカに遠慮している感じが強い。中村-小林の癒着具合から言って、小林さんと仲がいいのは圧倒的にハヤテちゃんのはずなのに。
サザンカは私が育ててきた中でも、突出してバランスのとれた性格の良い犬だ。しかし、そのサザンカをしてワガママで気配りが足らないと思わせてしまう……そんなレベルでハヤテちゃんは奥ゆかしく遠慮深い犬だったのだ。
サザンカでこれだったらさ。マリーちゃんの時はどれだけストレス溜めてたんだろ。ごめん、ハヤテちゃんごめん。マリーちゃんに振り回され、気を遣ってあげられなくて悪かったよ。
罪悪感にさいなまれた私は、余計にハヤテちゃんに気を遣うようになった。
最初に変化が訪れたのは海遊びの時だった。
あの悪夢の海遊び。初めて中村さんと小林さんに誘われて、浮かれて水着を持っていったらとても寂しい結末に終わった渚デート(?)である。
もちろん今の私は水着なんか用意しない。犬用のタオルはたくさん持っていくが、ジーンズにスニーカー、Tシャツにパーカーと麦わら帽子という、日焼け対策+犬と遊ぶの優先な恰好である。
そして中村さん、小林さんと一緒に犬たちと遊ぶ。
「ほーらサザンカ。ボールだぞ」
ハヤテちゃんが遠慮がちなので、気が付けば小林さんはサザンカばかりかまっている。サザンカは嬉しそうに尻尾を振って小林さんが投げたボールを追いかける。
置いてきぼりのハヤテちゃんに悪い気がして、私は戻ってきたサザンカからボールを受け取ってハヤテちゃんに向けて投げてやった。何度かそれを繰り返していると、
「山田さん」
中村さんに声をかけられた。
「いいよ、そんなにハヤテに気を遣わなくても」
「え、でも」
私はちょっとビックリした。今までこんな展開は一度もなかった。私が今までハヤテちゃんをないがしろにし続けていただけだけなんだけど。
「山田さんはサザンカの飼い主なんだから、サザンカを優先してあげないと。ほら、寂しそうな顔をしてる」
「え」
言われて気付いた。
ボールを持って来てもいつも私に取り上げられて、それをよその犬に投げられてしまうサザンカは……確かにちょっと拗ねた表情をしていた。
「わあ、ごめんサザンカ」
私は慌てた。
「僕たちに気を遣わないでいいから、山田さんはサザンカを一番大事にしないと。小林は勝手にさせておけばいいから。ハヤテのことは僕が面倒見るし」
そう言われてとても恥ずかしくなった。ハヤテちゃんは中村さんの犬なのに、でしゃばり過ぎただろうか。
中村さんはサザンカをなで、
「ごめんなサザンカ。ほら、取って来い」
サザンカにボールを投げてくれた。嬉し気に走っていく山茶花を見送ってから中村さんは私を振り返り、
「でも、ハヤテを気にしてくれてありがとう」
優しく微笑んだ。
そんな笑顔は何十回ものループの中でも初めて見たもので、私は忘れていたときめきが蘇るのを感じた。手に湿ったものが触れる。見るとハヤテちゃんが遠慮がちに、それでも甘える仕草で私の手に鼻をすりつけ、においを嗅いでいた。




