64 ハヤテちゃん攻略
翌日、再び私はダイブする。
梨佳はあれ以上は口を割らなかった。しかし、あの話で見えたこともある。
つまり中村さんに対しては『将を射んと欲すればまず馬を射よ』、いや犬を射よ。中村さんを落としたかったらまずはハヤテちゃんを落とせ。そういうことなのではなかろうか。
私の現在の犬・トイプードルのサザンカは、ドッグショーでの金賞ゲットも運次第というところまで育成が進んでいるのだが。あえてそのデータは置いておいて、今回は本筋の中村さん攻略に専念する。サザンカの仔犬の時から巻き戻し。初めての出会いから、ハヤテちゃんとサザンカを遊ばせることにのみ集中してみよう。
幸いサザンカはバランスのいいパラメーターの犬。マリーちゃんの時のようなハプニングは限りなく少ないはずだ。
「やあ山田さん。犬飼ったの?」
そこから始まる会話を私はもう何度経験したことだろうか。失敗しては巻き戻しの繰り返し、繰り返し過ぎて何度やったのかもう分らないほど。梨佳に聞けば、データ取ってるから一発で教えてくれるけど。
これだけ繰り返しているとVRのリアルさでもぬぐい切れないほどのファンタジー感しかない。
同じ人生を何度も繰り返して失敗を避けるというパターンのヤツだ。そしてそのパターンだと主人公は何度同じ人生を繰り返しても結局は失敗するのがデフォだということに気付いて、私の気分は暗くなった。
とりあえず今回は下手に中村さん小林さんとからもうとせず、ひたすらハヤテちゃんとサザンカが楽しく遊べることにだけを考える。犬たちの様子を見、感情を感じ取り、うまくいかない時はフォローしてやり。
考えてみるとそれは犬エンドローラー作戦のためにここしばらくやって来たことと同じだ。やってみればそれほど難しいことではなかった。
じっくり見てみると、初めて会うサザンカにハヤテちゃんはハヤテちゃんなりに緊張しているようだったり。でもマリーちゃんみたいにそれをストレートに表現できず、つい流されて相手に合わせてしまってるみたいにも見える。
そんなことを思ってるうちに、サザンカがハヤテちゃんのリードを勝手にかじってるし。
「こら、サザンカ」
私は自分の犬を叱る。
「ハヤテちゃん、ゴメンね」
相手の頭をなでて、サザンカを後ろにやって、
「嫌がることしたらダメってよく言っておくからね。良かったらまた遊んでね」
クールに離れる。
「いいんですよ、山田さん。犬同士のことだから犬同士で解決させれば」
中村さんは優しく言ってくれるが。
「でもハヤテちゃんも緊張してるみたいですし、サザンカもまだ他の犬慣れしていないので。ゆっくり仲良くなっていきましょう」
そう言って別れた。
攻略に燃えていた初めの頃なら、もったいなくてこんなこと出来なかった。
だが悪夢のドン鈴木エンドをはさみ、犬エンドローラー作戦に埋もれて数週間。正直、中村さん攻略に対する萌えも燃えも枯れ果てたよ。
今の私は『何でもいいからとにかく攻略対象と絡めるエンドにたどり着きたい』と望むのみ。この作戦が当たってくれることを切に願う。
「サザンカ、ハヤテちゃんと仲良くなろうね」
ふわふわの毛をなでながら、私は彼女にそう話しかけた。




