63 真実が明かされる時
そして更に日々は過ぎる。ドッグショーにまつわる様々なノーマルエンドをローラー作戦でひたすら潰し続ける私だが。
「梨佳。ひとつ聞いてもいいかな」
「んー、なあにー?」
私の質問にいつも通り脳天気に答える梨佳。この女はあ、空気読めや。
「中村さんと小林さんを攻略するのに、ヒントのカケラも見つからないんだけど。これは一体どういうことなのかしら?」
かしらとかいう今時誰もリアルでは使わないだろう語尾になっていることで、私のこらえ切れない怒りを察していただきたい。しかし察さないのが梨佳である。
「えー。分かりにくかったかなあ?」
分かりにくいわ。というか、そもそもこのゲームのコンセプトから細部に至るまで全ての意図が分かり辛いわ。
「確か、前にヒントは犬とか言ってたよね。で、ひたすら犬エンドを攻略し続けて、もうすぐ全犬種でドッグショー制覇しちゃうんだけど。それなのに何の手がかりもないっておかしくない?」
怒りをこらえて言う大人な私に、
「んー。咲って推理小説とか推理ゲームとか苦手な人だったっけ?」
不審そうに首を傾げる梨佳。は? 推理?
今、私がやってるのは乙女ゲームのはずなんだけど。たとえ数週間にわたって仔犬にトイレでオシッコをすることと、やたらに何でも噛まないことを教えることだけがゲーム内容になっているにしても。そこに推理という言葉が入り込む余地はないはずなんだけど。
しかし梨佳は何だかひとりで盛り上がる。
「あのね、推理は読者と作者の知的ゲームなのよ。読者への挑戦状なのよ。クリエイターのミスリードに乗ってしまっては真実は見えてこないわけ。相手の思考を読み裏の裏まで考えて、どこにトリックがあるのかを見つけ出す。それが推理物の醍醐味よ」
アンタの傾向と対策を読み切れる人がこの世にいるのなら、私は会ってみたいです。
そして事実上犬育成ゲームである今の状態に裏も表もない気がするんだけど。というか、いつからこのゲームは推理物になった。
「ゴメン、梨佳が何言ってるのか分かんない」
そしてどうして自分があやまってるのかも分かんないけど。
「つまりね。ここまでの過程の中に、中村くん攻略のヒントは隠れてるんだけどな」
重大な秘密を明かすように声を潜める梨佳。ここまで言えばわかるでしょ? 的な目で私を見て来るが。
「いやゴメン、分かんないから。梨佳が私に求めてること、多分無理ゲーだから」
「えー。そんなことないよー、ちょっと考えてくれればきっと分かるよ」
すがるように言われるが、イヤ無理。
梨佳は推理してほしそうに私を見ていたが、こちらの意志が固いと見て諦めたようにため息をついた。
「だからね。咲がまだやっていないことが何なのか考えてほしいのよ」
「まだやってないこと?」
私は眉間を寄せる。犬エンドローラー作戦をやっているこの私に、まだ何か欠けた部分があると?
「全犬種を育成して全犬種でドッグショーに出場して、全犬種で入賞ももうちょっとで達成なんだけど」
「うん知ってる」
つまり、それは。
「私が見逃してる分岐がどこかにあるってこと……?」
げんなりした気分が声に出た。多分、顔にも出た。だってさ、このゲームの分岐ってどこに隠れているのか謎すぎるんだもん。例えばバイトの種類とか、そういう全く関係のなさそうな要素が分岐になっている可能性は十分にある。
そうすると今度は『全犬種×全バイト』という更なる泥沼に足を突っ込めとおっしゃられますか、この正社員様は。
「うん。単純なことなんだけど」
梨佳は無邪気にうなずいた。いつか友情が殺意に変わっても責任持てんぞ。
「とにかく中村くんは犬が好きなのよ。そこを考えてくれれば答えは自ずから出るんじゃないかと思うの」
犬が好き?
確かに、中村さんの山田サキに対する扱いについては常に犬>サキな感じはしていたが。
「待った。それって好感度が上がり切ってないからじゃなかったの?」
梨佳は不思議そうにまた首を傾げた。
「気付いてなかった? 中村くんはとにかく動物好きなんだよ。彼女とか作るより、犬の世話をしている方が楽しい少年のような心の持ち主なの」
いやそれ少年違くない? ただの変人じゃない?
しまった。中村さんの普通人っぽい見かけ、普通人っぽい対応にだまされていた。所詮彼は梨佳のインナーワールドの住人、このカオスの申し子の一部に過ぎないのだ。
普通の乙女ゲームの攻略セオリーが通じるとは思ってはいけなかった。
まさかマジで『犬>>>人間』な変人だったとは。
今、雷に撃たれた如き衝撃が私を襲う・驚天動地のショッキングな展開を括目して見よ! みたいな感じなのだが。
そんな意外性は乙女ゲームに要らないから、ホントに何度も言うけど。




