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6 ノーマルエンド(1)

 しばらく休憩を取ってから、午後に再ダイブすることになった。

 やはり何となく疲れが残っている。


 体的にはあの棺桶みたいなマシンの中で寝ていただけなんだけど、仮想世界でずっと起きていたわけで。

 本当の目や耳を使ったわけじゃないけど、脳みその普段使わない部分をフル回転させたみたいなヘンな重さが頭の中に残っている。

 大丈夫だろうな、あのハード。体に悪影響とかないだろうな。心配になって来た。

 何となく全体的に、この会社の方向性自体がアヤシイ気がする……。


 梨佳がお弁当をくれた。

 宅配弁当とかじゃなく、二人分の弁当を手作りして持って来てくれたのだ。

「咲と食べるの高校の時以来だねって思ったら、つい張り切っちゃってー」

 ニコニコしている。

 そう言えば彼女は昔から料理が上手かったし、こういう優しいところがある子だった。ついホロリとしてありがたくいただく。

 ニンジンが星形になってたりウインナーがタコさんになってたりする、可愛くて美味しいお弁当だった。


「じゃあ、午後もよろしくー!」

 ランチタイムが終わるとお仕事である。

 この棺桶にまた入るのかと思うと既に気が重いんだけど。梨佳の手作り弁当でもフォローしきれない何かがここにある。

 しかし契約は契約である。私は観念して棺桶の中に寝そべった。蓋が締められると同時に仮想世界へのダイブが始まる。

 それにしてもこのハード。電極を取り付けて蓋を閉めてくれる人がいないとゲームが始められないってところが、その大きさと並んで家庭用として致命的ではないだろうか。早急な改善が望まれると思う。


 妙に豪華なメイン画面……というか空間を経て、「マニアック」の貧相な部屋へ。この落差がまた悲しすぎる。

 室内の時計とカレンダーを確認。四月五日に戻っている。

 ちなみに梨佳がセーブデータを作っていてくれたので途中からやり直しも出来たのだが、私は最初からのプレイを選択した。

 ゲーム内の一年間でキャラを攻略しなくてはいけないゲームなのに、夏休みも半ばになって攻略相手と口すら聞いたこともないプレイデータとかやり直す価値もない。

 大枚はたいたフルートだけは惜しかったが、都合よくアイテムだけ引き継ぐことは出来ないそうなので諦める。


 そしてスタート。前回の教訓を生かしてバイト選びは慎重にした。あのファミレスは避ける。いろいろ吟味して、近所の喫茶店のウェイトレス・週三回というのを選択した。

 モデルとかアイドルとかいうのもあるんだけど『給料はその都度計算』というのが気になって避ける。

 とりあえず金を貯めないとそれだけでゲームオーバーになってしまう世知辛いこのゲーム。地味でも確実な収入を優先すべきだ。


 喫茶店のマスターは五十代のヒゲのおじさまで、すぐに私を雇ってくれた。すごく無口で、私には『こんにちは』と『おつかれさま』、お客さんにも『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』しか言わない人だが、人柄は穏やかで無理を言わない。

 ファミレスのオーナーみたいに契約外の時間にばんばん呼びつけて、こき使ったりもしない。

 いい人だ。いやフツウか。


 で、攻略の方だが。バイト代が入ったところで入会金を払い、佐藤くんのファンクラブに入会した。

 バイトのない日はファンクラブの方に顔を出すのだが。これが、ちっとも佐藤くんとの距離が縮まらない。


 初日だけは本人が、

「新しい会員の人? ありがとう、応援してね」

 と、まぶしいような笑顔で挨拶してくれたのだが。そしてさすがVR。リアルとしか思えない天使のようなイケメン顔がすぐ近くで息遣いすら感じさせながら私に微笑みかけてくれるという体験には、年下趣味のない私でもつい鼓動が早まってしまったのだけれど。


 話しかけてくれたのはその一度きり。

 後は常にピッチの外からファンクラブのメンバーたちと、

「佐藤くん頑張ってー」

「素敵ー」

 と、どうでもいい声援を送るだけの毎日。

 稀に佐藤くんがこっちに向かって手を振ってくれると、

「キャー」

 と喜ぶという、アイドルの追っかけか! みたいな状況である。


 違う。これ、違うよ梨佳……。乙女ゲーに求めているのはこういうのじゃないよ……。


 そして学費の負担を減らすため、なぜか学業にも精を出さなくてはいけない。

 期末テスト前に『特別補修』というのがあって、そこで勉強しておくと良いと女友達(NPC)からの情報があった。

 なるほど、そこで習った問題がかなりの確率でテストに出る。私は英語で優等生、国語で特待生となり、学費が四十パーセント免除されることになった。


 ふ、実年齢二十八歳をなめんなよ。こっちは大学の国文科出てるのよ。高校レベルの国語のテストなんてちょろいわ。(苦手な理数系の問題は惨憺たるものだったが)

 しかし何で乙女ゲーをやるために真剣に勉強しなくてはならないのか。やはりこのゲーム、何かを根本で間違えている気しかしない。


 そして夏休みが近付いても、男っ気ゼロ。誰からもデートの誘いもなく、デートに誘う相手もいない。

 入っている予定はバイトと佐藤くんの試合の応援だけである。


 女友達が花火大会に誘ってくれたので、偶然の出会いを期待して出かけた。

 女同士きゃっきゃ騒いだだけで、攻略キャラらしき相手との出会いは無し。


 また女友達がプールに誘ってくれた。偶然の出会いを期待して出かけた。

 女同士きゃっきゃ騒いだだけで(以下同文)。


 何もないまま二学期に突入。

 体育祭、文化祭というイベントも男っ気ゼロ。女友達と盛り上がっただけで終わる。


 秋。佐藤くんの試合の応援が入っている日に一度だけ、バイト先のマスターが『来てくれないか』と電話してきた。

 迷ったがいつも無理を言わない人なので気になり行ってみると、マスターは熱を出して具合が悪いのに無理やり店に立とうとしていた。

 説得して店を臨時休業にした。無理しちゃいかんよマスター。

 

 その日は佐藤くんが試合で大活躍して上機嫌で、ファンクラブの子ともよく話してくれたという情報を後から聞いて失敗したかなーと思いつつ。

 それ以来マスターが前より話しかけてくれるようになったので、まあいいかと思った。


 そしてクリスマス。

 バイトして終わる。


 正月。

 女友達と初詣に行き、おしるこ食って終わる。どうでもいいがゲーム内の食べ物が美味い。どういう理屈になっているのか。


 バレンタインデー。

 既に攻略失敗している気しかしないが、ダメ元で告白してみる。

 手作りチョコを持って佐藤くんを待ち伏せ。

「好きです! 付き合って下さい!」

 直球告白。


 天使のような佐藤くんはそんな私を見て。

「あんた誰?」

 と冷たく言った。


 ファンクラブの山田サキですと言うと。

「ああ、そう。僕、ファンクラブの子とは付き合わないことにしてるんだ。いろいろ面倒くさいでしょ?」

 一刀両断! そうだったの!? じゃ、ファンクラブに入った私のこの一年間はナニ?! そしてあの入会金の意味はナニ?!


「ていうかさ。いきなり知らない女に物もらってホイホイ付き合うほど、僕は不自由してないから。バカじゃないの? 地味なくせに何かカン違いしてるよね、先輩」

 そして何故か罵声を浴びせられる私。

 佐藤くん、そんなキャラだったの?! いつもの天使の微笑みはナニ?!


 そして私の手作りチョコは雪の上に捨てられ、佐藤くんは去っていく。

 確かに好感度パラとか全然上がってないとは思ったけどさあ。

 何コレ、鬼畜すぎない?

 VRでリアルなだけに、屈辱感ハンパないんですけど!!


 そして何もないまま迎える終業式。

 これはいわゆる『失敗エンド』、何もないまま終わってしまうパターンだなーと思いつつ。

 フルコンプが五百万への道なのでとりあえず失敗エンドも見ておくか、という気持ちで惰性でプレイを続ける私。


「あーあ。今年も何もなかったなあ」

 女友達が言う。

「来年こそは彼氏を作りたいよね」

 もう一人の友達も言う。

「サキも頑張ろうね!」

 二人が励ましてくれる。


 ヤバい。何かじんと来た。

 佐藤くんに人間以下の扱いを受けた後だけに、女友達の有り難さが身に染みる。

 流れるエンディング音楽。


「私たちの未来には、きっと希望があるよ!」

 女友達の力強い言葉が胸に希望をかき立てる。


 というところでスタッフロールが流れ出し、空いっぱいに表示されるENDの文字と共に意識が薄くなっていった。



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