57 プレイ解析第8回
「梨佳」
今回もダイブの余波から立ち直ると同時に詰め寄ってしまった。
「何アレ。マスターが最高齢攻略キャラじゃなかったの?」
「えっへっへー。そんなことは言ってないよー」
同い年の二十八歳アラサーのくせして『えっへっへー』だの『ないよー』だの許されると思っているのか、この女。なぜ私はこいつと友達なんだろう。
「どうだった? 鈴木さんルートはね、玉の輿エンドにしてみたの」
そして、なぜ得意そうなのか。
「地位もお金もある人とのラブロマンスって鉄板でしょ?」
こいつはー。
確かに玉の輿は乙女の夢だよ。地位もお金もある男性からプロポーズされるとか、夢のシンデレラストーリーだよ。だけどね。
「老人介護施設に入る年齢の人が攻略対象って、乙女ゲーとして有り得なさすぎるでしょうが!」
そういうのは若いイケメンだからいいんだよ。欲望ギラギラの老人の生け贄とか、ただの悪夢だから。
「えっ……」
今日もきょとんとする梨佳。
「でも今の日本で政財界のトップに君臨するには、やっぱりある程度の年齢の人じゃないと」
「そこは乙女の夢でいいのよっ」
何でこんなに電波なくせに、いつもいつもヘンなところでだけ常識力を発揮するのか。
ハッキリ言って、梨佳は常識の使いどころを間違っている。
「でもほら。攻略対象が全員、十代半ばから二十代前半までの年齢幅しかないとつまらないし」
「それでいいの。適齢期のイケメンだけを相手にさせてよ」
ていうか、お前のストライクゾーンが全年齢過ぎてコワいわ。七十代までイケるって、どれだけ特殊な趣味をしてるんだよ。
「それに何であんな外道老人? マジで怖かったよ、鳥肌立ったから!」
たとえ人格者だったとしても、七十代はいくら何でもキツすぎるんですけどね。
「ほら。政財界のトップに君臨するような人だからエネルギッシュで仕事に燃えていて、それでいて裏の世界にも通じた凄みも見せて」
要素だけ挙げていくと萌えゲーになりそうな予感もあるのに、どうしてコイツの頭の中を通過するとああいうことになるのか。
いかん。そろそろツッコミ疲れてきた。
がっくりした私に、梨佳は少し心配そうな顔を見せる。
「咲、大丈夫? ……あんまり面白くなかった?」
イヤ、もう何回も言ってると思うんだけど。
「面白いとか面白くないとかいうレベルじゃないのよ……」
そういうゾーンを超えているという事実に早く気付いてほしい。
「ゴメン。私も、実はちょっと気になってはいたんだけど」
梨佳は暗い口調で言った。さすがに七十代はないと思ってくれていたのだろうか。それなら今からでも何とか差し替えられないだろうか、あのシナリオ。
梨佳は肩を落として激白した。
「俺様キャラ、佐藤くんとかぶってるよね。ゴメン、財界のドンと言ったらどうしても俺様キャラになっちゃって……!」
そこーー?
いや、かぶってないし。
確かに私にも佐藤ゲス人を『鬼畜』と形容した日もあったが、小物臭強いゲスキャラ佐藤くんとドン鈴木の存在感は比べ物にならない。
佐藤くんに出来るのは、そこらの意地悪キャラに毛の生えた程度の悪事だ。鈴木さんのかもし出す、あの底知れない恐ろしさとは全く性質が違うのだ。
何というか人間の器が違いすぎる。なので、あの二人を同じくくりで語る気には到底なれない。
そしてドン鈴木は確かに俺様と言えば究極の俺様である感じもしないでもないが、少女たちが求めている俺様キャラは多分あんなんと違う。
ドンに壁ドン(ややこしいな)されたら、ときめく前に存在を抹消されることを心配しなくてはならない。そんなルート、乙女ゲームになくてもいいんだよ。
ああ……今となってはマスターが懐かしい。
あの時はマスターのことをオジサンだと思ったけど、今から思えば十分現役男性でした。
仕事してる時はカッコ良かったし、多少はときめきもあったし、地味だったけどフツウのエンドだったし。
けど、五十代のオジサマを相対的に見て『若かった』と感じる乙女ゲーってやっぱり何なんだ。
改めて自分が異様な空間にいると思い知る私であった。




