54 マリーちゃん攻略(違う)
さて。ダイブしてから考える。
マリーちゃんと向き合う……と言っても、どこからやり直せばいいものか。
思えば仔犬時代のマリーちゃんはひどかった。夏休みまでの私の生活は、ほぼ毎日マリーちゃんの粗相を始末するだけで過ぎた。部屋の中は全体的にマリーちゃんの臭い、というかもっとハッキリ言うとマリーちゃんのし○○と○○コの臭いに支配され。
アレをもう一度経験するのは……かなりエネルギーを必要とする……。
ということで。マリーちゃんのトイレのしつけが完了し、私のこともあまり噛まなくなった頃。
つまり私たちの主従関係が何となく確定した、八月半ばあたりからやり直すことにした。
こういう時はテストプレイのありがたさで、セーブデータはかなり細かく保存されている。パッケージ化する時には、セーブ領域は二十個ほどにするつもりらしいけど。
さて時間を巻き戻したはいいが、マリーちゃんとこれ以上どうやって向きあえばいいものか。
ケージから出すや否や挨拶代わりに私にガチで吠えかかり、それから部屋中を荒らしにかかるマリーちゃん。いったい、どうしたら彼女を攻略できるのだ。
フツウに犬を見ればカワイイと思う私であるが、リアルで生活を共にしたことはない。
この先、どうしたらいいのかサッパリ分からんです。
そんな時はあそこへ行くのだ!
「そうだねえ。話を聞いているとマリーちゃんは、かまってほしいタイプの子なのかもね」
マリーちゃんをなでながら穏やかに言う時雨坂先生。
お願い、先生。私の攻略キャラになって。ホント頼むよ。マジで。
「学校以外の時間はなるべくマリーちゃんと過ごした方が、心の交流が持てるかもしれないね」
と言われても……。マリーちゃんの維持費、いやマリーちゃんとの生活を守るために結構なお金がかかるのでバイトは辞められないんですが。
そう思った私だが、ふとひらめいた。
今回の攻略では何となくスポーツ店のバイトを続けていたのだが。(時給そこそこ・シフト応相談・たまにマニアックな商品を買いに来る客に当たらなければ楽なため)
このゲームには、なぜ? というくらい様々な職種のバイトが用意されていたはず。
もしかしたらこの中に、マリーちゃんとの交流を続けつつ大金を稼げるようなバイトがあるのでは?
という目で探して見たところ、あった。ありましたよ。
『祈り園 介護付き老人ホーム・犬歓迎』
早速連絡を取ってみた。
祈り園は犬好きのご老人のための施設で、飼い犬を連れて入居している利用者も多いところだそうだ。
が、今までの生活で犬を飼えなかった方もいるし、連れてきた犬が天寿を全うしてしまう場合もある。
ということで入居者の方たちの癒し担当として、犬連れのバイトを歓迎しているらしい。
ちなみに人間(私)の仕事は、介護の補助。初めは入居者さんの趣味の時間の手伝いとか、体操の時間の手伝いとか、そう大変なものではないらしい。
「慣れて来て、適性があるようだったらいろいろやってもらうけど。体力勝負だから覚悟してね」
と言う事務員さん。
介護は大変だとは聞くけれど、アイドルとしてステージに立ち続けたことや土木作業に打ち込んだ日々を思えば何でもできる。そう思う私である。
それよりも今問題なのは……。
あのマリーちゃんに、そんな高度な接客業が出来るのか?
そこに尽きる。
「あのう。うちの犬、結構個性的なんですけど」
と言ってみる私。
「予防注射は全部済んでる?」
と聞かれた。
その点には抜かりない。すかさずうなずく。
「噛んだり吠えたりは?」
困った。この質問には即答できない。
ハッキリ言ってしまうと、マリーちゃんは大変気難しいタイプの犬である。
見知らぬ人も見知らぬ犬も大嫌いだ。知らない生物が近付いてきた場合、まずは吠えて威嚇する。
それでも平気で近付いてくる豪胆、あるいはウッカリな人(例:小林さん)には容赦なく牙を剥く(例:小林さん)。そういう犬なのだ。
「あの……。知らない人が不用意に近付いた場合、噛むかもしれません」
雇用してもらうことを優先するなら伏せておきたい情報だが、雇ってもらった後でマリーちゃんが問題を起こそうものなら余計にマズイことになる。そんな大人の常識が、私に真実を口にさせる。
ダメか、まあ仕方ない。違うバイトで、マリーちゃんと一緒にいられそうなモノを探そう……。
と思った時。
「噛むのかあ。慣れれば大丈夫なの?」
「はあ、多分」
小林さんにも最終的にはなついていたし。(ただし自分より下位の生物として認識していた節はあるが)
「犬同士では?」
「慣れるまでは吠えます……」
かと言って犬同士でケンカをする程の度胸はないので、すかさず逃げて私の足の間から吠え続ける。
飼い主を盾にして他の犬を威嚇する、チキンかつ大変いい根性の犬。それが私の愛犬マリーちゃんである。
ハヤテちゃんにも初めはだいぶ吠えかかっていた。だが穏やかで忍耐強いハヤテちゃんが根気強く付き合ってくれたことと、ラプラドール・レトリーバーとヨークシャー・テリアの間には体格差という越えられない壁があるということを(三ヶ月くらい鼻をつきあわせた末に)マリーちゃんも理解したため、最後にはマリーちゃんも少しはおとなしくなったのだった。
「もしかして、今まであんまり外に出さないで飼ってた? ペットショップの犬?」
そう聞かれる。
「はい」
予防注射が終わるまでは外に出すなって言われたし。
「社会経験が少ないのかもねえ。とりあえず犬はケージになるけど来てみる? 手のかかる子ほど可愛いという、面倒見のいい入居者さんもいるし。慣れて上手くいきそうだったら、他の犬と遊ばせてみてもいいし。一週間くらい様子見てみようか」
つまり、ここでもマリーちゃん>私。
マリーちゃんが入居者さんの愛玩犬として使い物になりそうだったら私も雇ってやるよ、とそういう。
どこまで犬中心なんだよ、このルート。
しかし、今の私はとりあえず何でもやってみるしかない状態。
手探りのまま、この場所でのバイトに乗り出すことになったのだった。




