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53 二乗は惨状を引き起こす

『とりあえず、マリーちゃんともっと向き合ってみて』

 というありがたいお言葉を梨佳からいただいた。

 確かに前回の周回でのマリーちゃんの存在とは私にとって、中村・小林に近付くための単なる小道具……の予定だった。予定外の過剰なキャラ立ちで、それ以上の何というかお荷物的存在になったが。


 しかしどうやら梨佳の口ぶりでは、中村・小林ルートにおける犬の存在は相当重要であるらしい。

 マリーちゃんに好感度パラメータがあったことからして、まずは犬の好感度を十分に上げないと本命の攻略が出来ないとか?

 有り得る。十分有り得る。何しろ戦闘力のパラメータが攻略の可否を握っていたりする乙女ゲームだ。

 犬の好感度パラが攻略を左右する可能性くらい、もっと早くに考えておくべきだった。

 

 それにしても、マリーちゃんと向き合う……あのマリーちゃんと。

 既に気が重いんですけど。あの犬、キャラ立ちすぎなのよ。



 と思いつつ翌日の朝、重い気分で棺桶に向かう私。

 その前に、私は梨佳に聞いておきたいこと、いや聞かねばならぬことがあった。

 部屋の中に室長の姿がないのをよく確認し(存在感なさ過ぎてよく見落とす)。声をひそめてたずねる。


「ねえ、梨佳」

「何?」

「あのさ」

 ちょっと間を置く。デリケートな問題なので気を遣うところだ。

「梨佳と室長ってさ。何かこう、いろいろあったりとか……しないよね? えーと、恋愛問題的な意味で」


 ぴきーん。空気が凍った。

「ナニ? 咲、もう一度言って?」

 振り向いた梨佳の顔の向こうに夜叉が見える。えーとこれ、ビンゴだからなのか、外し過ぎてるからなのか。天然は読めねー。

 梨佳と恋愛とか、高校の頃から無縁だったし。


 でも、私としては気になるのよね。主に中村さんから漂うあの何とも言えない那須野臭が。

 意識しているからこそ、思わずキャラに反映してしまったのかもしれないわけだし。

 梨佳の顔が大変コワいけれど、ここはハッキリさせておくべきところだと思うのだ。


「え、えーと。えーとね。もしそういうことなら、ホラ。こういう狭い職場では知っておいた方がいいし。梨佳の応援も出来るかなーって」

 懸命にフォローする私。前の会社で女子社員同士の微妙かつ繊細なパワーゲームを綱渡りで五年間乗り切った私だ。(最後は姫子ちゃんにロープから落とされたけど)

 このくらいの状況、何とでも……何とでも……。

 と言いたいけれど、梨佳がコワすぎる。



「何をどうしたらそんな話になるわけ?!」

 梨佳はぷんぷん怒り始めた。

「あの人、私のことを苗字でしか呼ばないのよっ?!」


 うーん。普通の人なら、今の言葉は何となく裏の意味も取れそうな気がするセリフなのだが。

 こと梨佳に限っては百パーセント呪詛の言葉でしかない。それは理解できる。


 でも私としては、あの互いの一方通行っぷりの異常さも何となく気になってはいて。

 例えば一度付き合いかけたのに破綻したとか、そういうのを引きずっていてあんなおかしな関係になったのかなーと深読みしたりしたんだけれど。


「それに咲だったら分かってくれると思ってた」

 不機嫌に吐き捨てる梨佳。

「室長の名前って、那須野じゃない」

 え……。室長の名前が、ナニ?


「那須野とか有り得ない。私はよくある苗字の人が好きなの。あんな中途半端に目立つ苗字の人なんてイヤよ」

 待て。チョット待て。

 梨佳さん……論点がオカシイ。


「鈴木さんとか佐藤さんとか憧れるよね。ファミレスが混んでいる時に、席待ち名簿に三回くらい『サトウ』って書いてあったりするのよ? やっぱり結婚するならそういう名前の人がいいわよね。だから私、絶対にそういう名前の人としか付き合わないって決めてるの」

 勝手に盛り上がる梨佳。


「ファミレスや病院で呼ばれた時、周りの人に『えっ』って顔で振り返られない。中学でバカ男子に『天皇ー!』とか『隠岐島に引っ越せ』とかからかわれない。『建武の新政してみろよ』とか言われない。会社に入ってからカラオケでオッサンたちに『学園天国歌いなさい』とか言われない。そんな人生を私は送りたいのよ」


 いや……ちょっと待って……。

 学園天国関係ないし。そして梨佳の中学の男子、からかい方がビミョウに勉強してる感じだな。


「咲なら分かってくれてると思っていたのに。どうしてそんな、わけのわからない誤解するのよー。絶対絶対ありえなーい!」


 いや。何で私なら分かってくれると思ったのでしょうか。

 はっきり言わせてもらいたい。

 そんなもん、分かるか!


「と、とにかく。アンタと室長の間には何もないのね?」

「ないってば」

「室長の方からモーションかけて来たのに、アンタがフッたとかもないね?」

「ないってば。そういう点では紳士っていうか、信頼置けるよ。幸いに」


「そうなんだ……」

 私は、なぜかガックリした。

 この職場にもつれた恋愛関係というイヤな底流がないのは、本来喜ばしいことのはずなのだが。


 しかしですよ。ということはこの職場の現状は、つまり。

 天然電波(二乗)。


 そんな恐ろしすぎる事実を再確認させらてしまった私は、先ほどまでよりもっと暗い気持ちを抱えながらマリーちゃんと真摯に向かい合うために棺桶の中へ向かうのだった。

 

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