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52 プレイ解析第7回

「梨佳」

 ダイブの余波から立ち直ると、すぐに私は梨佳に詰め寄った。

 いっそ胸倉つかみたいくらいだったが、理性がある大人だからやめとくよ。二十八歳だしね。


「何あれ。あれ以上どうやって好感度上げろって言うの。何が足らなかったって言うの」

「うーん、実はね。中村くんは友達レベルまでは簡単に好感度が上がるんだけど、そこから恋人レベルまで行くのが難易度高いキャラなのでしたー」

 でしたーじゃない、この天然電波。


「梨佳。どうやったら中村さんの好感度が上がるか言いな」

 私は低い声で言った。

「でないと、明日から『後醍醐さん』って呼ぶことにするからね」


「ちょっと。私が苗字で呼ばれるのキライだって、知ってるでしょ」

 そう言ってから梨佳は気が付いたように、

「咲。もしかして何か怒ってる?」

 と首をかしげて尋ねた。気が付くのが遅いよ!


「私、何かした?」

 何かしたかと言われれば、この大変面白い(皮肉)ゲームを作り上げてくれたこと自体が怒りの源泉なんですけどねー。


「理由とかいいから、とにかく言いな。いったいどうしたら中村さんの好感度は上がるの?」

「それはあ。前にも言ったけど、犬です」

 にっこり笑う梨佳。

 堪えてない。私の怒りが微塵も堪えてない。だから天然の相手をするのはイヤなのよ、あーもう、私、何でコイツの友達やってんのかな。


「犬なら飼ったじゃん! それでもダメだから聞いてるんじゃない。さっさと教えてよ!」

「まあまあ。平群さん、落ち着いて」

 新聞を片手に持った室長が私たちを引き分けた。いたのかい、室長。相変わらず存在感ないなあ。


「後醍醐くんにも考えがあるみたいなので。平群さんのプレイ記録を見て、どこでどのくらいプレイヤーが攻略に詰まるのかを確認したい。そのためにも攻略情報をあまりこちらから出さない、そういう方針みたいなんですよ。もちろん情報なしでは攻略が難しい点も多々あると思います。ですので、平群さんの意見はプログラムの改善に生かすよう僕からも後醍醐くんにしっかり言っていますから。ねえ、後醍醐くん」


 この長ゼリフを室長が言っている間に、梨佳が後ろで十回くらい『後醍醐って言わないでください!』と吠えているのだが。だんだん、それを聞き流せるようになって来てしまった自分がコワイ。


「例えば、前に平群さんが言っていた攻略情報のアドバイス機能は実装を決めましたから。今、後醍醐くんが開発中ですよ。ね、後醍醐くん」

 短いセリフの間にもきちんと梨佳の地雷をはさみこんでくる。

 その手際が鮮やかすぎて、いっそ感心してしまった。もちろん梨佳の吠え声が高くなる。


 そして吠えるだけ吠えて諦めたのか、梨佳はすごく不服そうに『はい』と言った。

「既存のプログラムに割り込ませるから、ちょっと時間がかかるんですけど。準備を進めているところです」

 そうなんだ。


「ね。そのためにも平群さんにはどんどん攻略に詰まってもらって、そのデータを提供してもらいたいんですよ」

 にっこり笑うこけし顔。そうなのか? それが私の仕事なのか?

 何かそう言われると、詰まるのが私の仕事みたいな気がして来た。データもなしにあの悪魔のようなゲーム世界にトライし苦しみ続けること……それが時給七百五十円の対価なのだろうか??


 はっ……もしや今のが、室長の必殺技『なあなあ那須野』?

 と思った時には私の怒りは何となくうやむやにされていた。


 そして室長は、

「じゃあ僕、ちょっと社長のところに進捗状況の報告に行きますから。二人で進めていてくださいね」

 とか言って部屋を出て行ってしまう。

 残された私と梨佳はちょっと気まずく向かい合う……と思ったが、

「じゃー、お茶入れるねー」

 天然は強かった。やはり私が怒っていたことなど微塵も気にしていない。この鋼鉄のメンタル、見習いたいよ。



「今日はオレンジティーだよ。チョコレートもあるよ」

 美味しそうなお茶を用意してくれる梨佳。

 こういうところはいい子なんだよな。基本スペックは電波なのに。

 ほだされて仲良くお茶をする流れになってしまった。私も昔から、梨佳のこういうノリに弱い。


「えーとね」

 お茶を半分ほど飲んだところで、梨佳が言った。

「中村くんね。私としてはペットショップにいろいろ犬がいる意味を考えてほしいと言うか。彩りだけであれだけの犬種を用意したわけじゃないんだけど」


 自分からそんな話をしてくれた彼女は、もしかしたらやっぱり私が怒っていたことを気にしてくれていたのかもしれない。

 しかし、ゆっくり考える余裕がないほどその言葉は衝撃的だった。


「梨佳。まさか……」

 私は愕然とする。

「攻略に、選ぶ犬種が関わっているんじゃあ?」


「あ、ダメ。これ以上はダメ。咲にはあの世界を自由に楽しんでほしいのよ」

 とか言って、腕でバツを作ってこれ以上の情報公開を拒否する梨佳。

 しかし……こんなの吐いたも同然だ。


「梨佳?」

 私は平坦な声で言った。

「ペットショップで売ってる犬種って何種類?」

「二十二種類」

 梨佳は間髪入れず、爽やかに答えた。

「あ、メスオス、選べるよー」


 それは……二十二×二、すなわち四十四のパターンを。

 ローラーしろと言うことですか?! 

 何、その犬地獄! 犬育成ゲームか、これは!!


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