51 ノーマルエンド(3) 丘を越えていこうよ
しかし言うは易く行うは難し。中村・小林の癒着ぶりは凄まじい。
私が中村さんと二人で話していると小林さんがいつの間にかまじってくるし、それではと標的を変えて小林さんと二人で話そうとすれば、途中から落ち着かなさそうに中村さんを探し始める。
小林さんの中村さんへの依存はハンパない。
中村さんの方は割と自然体というか、梨佳の言うとおりゴーイングマイウェイ的な感じなのだが。
しかしこちらは前から感じていたとおりスルースキルがすごい。ちょっと思わせぶりなことを言ってみても全部スルー。
「一度、二人だけで」
みたいに、かなり直球な言葉で勝負しても笑顔でスルー。
いいお友達ポジションから一歩も先へ進めない!
アイドルルートで学んだあらゆる技を駆使して可愛く見せても、この二人には全く通じる気配がない。『かわいいね』
とホメられるのはいつも私の愛犬、テンションの上下が激しすぎるマリーちゃんだけなのだ。
何だ、この不条理感。ていうか毎ルート違う不条理感を浴びせかけてくるこのゲームのコンセプトって、ホントにいったい何なんだ。
乙女ゲームに不条理感って全く必要ないよ。
その後も何かと言えば誘いを受けて遊びに出るが、いつも三人。
クリスマスも三人。
お正月も三人。
バレンタインデーも三人。
好感度パラの上がり具合が二人の間で大差ないように見えるから、私の態度もどっちつかずになる。標的をしぼれない。
だがいい加減このままではまずいだろうと思った。最後の最後、バレンタインで二人に友チョコを渡した後で中村さんに狙いを定めて特攻をかけてみる。
一年間、仲良く一緒に遊んできたのだから、それなりに好感度パラは上がっているはずだ。
佐藤ゲス人への一回目のチャレンジの時のようなことにはならないと信じる。
「あ、あの」
中村さん宅でのバレンタイン・パーティーの後。小林さんが帰ったのを確認し、そっと舞い戻る。
「どうしたの、山田さん。忘れ物?」
不思議そうに私を見る中村さん。
「ええ、あの……」
アイドル稼業で身に着けた可愛いモジモジスタイル&上目づかいで彼を見上げる。
「忘れ物っていうか」
「どうしたの? あ」
分かった、と言うように手を叩く中村さん。
「ごめんごめん、気が利かなくて。トイレ空いてるから」
ち・が・う・わ!
「そうじゃないんです」
私は内心の苛立ちを笑顔で覆い隠しながら言った。
「中村さん『だけに』渡したいものがあって」
だけに、を強調する私。
先ほど渡した友チョコよりも大きく、気合いの入ったラッピングの包みを彼に向けて差し出す。
「私、ずっと中村さんが好きでした! 友達以上の存在になりたいです、よろしくお願いしますっ!」
両手で包みを差し出したまま、動きを止めること数十秒。
あまりに反応がないのでそーっと顔を上げてみると中村さんは、いつもの表情のまま無反応にこちらを見ていた。
「えーと。で?」
不思議そうにそう聞かれる。
「え? ……で、と言われても」
「いつオチがつくの? もしかして小林とかその辺に隠れてる?」
きょろきょろし始める中村さん。
ネタだと思われてるよ。このパターン多いな。
「いえ、ネタではありません。本気です」
と主張するが、
「でもチョコならさっきもらったし」
冷静に返される。
「さっきのは友達としてのチョコレートで、これはまた意味が別で」
説明をしなくてはならない。
こんなの、説明しなくてもシチュエーションで分かれよ。
「うーん」
中村さんは首をひねった。
「つまり山田さんは、冗談とかネタではなく本気で僕との交際を望んでいる。そういうことなのかな」
告白を要約されたよ。
「ええ、まあ。そういうことなんですけど」
「それはビックリした」
ものすごく悩んでいる様子だ。
つまり……やはり好感度パラが足りなかったと。
私は友達以上の存在ではないと。
そういうことのようですね?
しかし、あれだけの数のイベントを(三人でとはいえ)こなしたのにまだパラが足りないって、いったいどうすればこの人の好感度上がるんですかー?
「……分かった」
しばらく悩んだ末、中村さんは深いため息をついて言った。
「受け取らないのも失礼だと思うし、これはいただいておく。でも正直僕は、今まで山田さんのことを友達以上に思っていなかったので、急にそう言われても恋人として付き合うのは難しい」
やわらかい言葉だが、かなりハッキリとした拒否系のお返事が。
「でもマリーちゃんとハヤテも仲がいいし、山田さんさえ良かったらこれからも友人としての関係は続けたい。どうかな」
その言葉に、私は『はい』とうなずくことしか出来なかった。
チョコレートこそ受け取ってもらったものの、これといって変化はない日々が続く。ホワイトデーのお返しだけちょっと豪華なものをもらった。
小林さんは、
「同じものをもらったのに何で?」
と不思議がったが、
「いつもハヤテが世話になっている分」
中村さんはあっさり流した。(実際にはマリーちゃんがハヤテちゃんのお世話になっている率が高いのだが)
やはり私の地位って……。マリーちゃん>私、なのね。
そして寒さも和らぎ桜の蕾もふくらみはじめた頃、みんなでサイクリングに行かないかというお誘いが来た。
小林さん……自転車
中村さん……自転車+リードにつないだハヤテちゃん(ハヤテちゃんはそのまま走る)
私 ……マリーちゃん in 自転車のかご
そんなメンバーで、今日も遊びに行く。
「じゃあ、あの丘を越えようか」
なんて中村さんが気軽に指さすのは結構気合いの入った小山なんだけれども。あれをママチャリで越えろとおっしゃるか。
楽しげに自転車をこぎ出す二人。
嬉しげに走り出すハヤテちゃん。
必死の形相でついて行く私。ああ、佐藤ゲス人グッドエンドルートの時の筋肉が欲しい。
身を乗り出しすぎてかごから落っこちそうになったり、カーブミラーに光が反射するのに驚いてパニックになって吠えまくったり、酔って具合が悪くなったり、とにかく手間がかかるマリーちゃん。
シチュエーション的には青春万歳な感じなのに、どうもイマイチひたれないのだが。
坂道のきつさがまた無駄にリアルである。こんなリアルさ、マジで要らん。
「いい天気だなあ」
なんて小林さんが脳天気に言って上を見上げた。
つられて見上げた空に『Normal End』の文字が浮かぶ。
聴き慣れたノーマルエンドのエンド曲がどこからか流れ出す。
おい……。これ、ホントにノーマルか?
というか、このゲームがノーマルを名乗っていいのか?
などと心でツッコみながら、私の意識は遠くなっていった。




