49 犬の人攻略 海辺でデート
夏休み。なんと中村さん・小林さんから、みんな(犬付き)で海へ行かないかとお誘いが来た!
こ、こんな乙女ゲームな展開は『マニアック』をプレイし始めてから、初めてではないだろうか。
もちろん即OKしましたよ。マリーちゃんのせいでお金はないが、ふんばって水着も買った。
さあ、行くわよマリー。私たちの夢の天国へ!
……と思ったら。
「遊泳禁止だから、波打ち際より先には行かないでね」
海岸近くに車を停めた中村さんに、笑顔でそう言われた。
おい。ヒマワリ柄のワンピースの下に着て来た『私の新しい水着・価格一万二千円』の存在価値は?
誰もいないから、犬たち遊ばせ放題なわけですが。
ハヤテちゃんは楽しげに走り回り、マリーちゃんは興奮しすぎてもはや飛び跳ねちゃっている状態になっていますが。
……私が求めてたのと何か違う。
「水着……着てきちゃったんですけど……」
もしかして何か違うイベントの引き金にならないかと、言うだけ言ってみる。
「何だあ。山田さん、そんなに泳ぎたかったのかあ」
「あわて者だね」
二人から笑われた。
それから、
「泳ぐのはダメだけど、波打ち際に足を付けるくらいなら大丈夫じゃないかな。日光浴も問題ないだろうし。マリーは俺たちが見てるから、山田さんは遊んで来たら?」
「よーし。ハヤテ、マリー、来い!」
と言って、二人は犬たちと一緒にボール遊びを始めた。
そこで私は黄色のワンピースを脱ぎ捨て、新しい白の水着で砂浜に立ちますよ。
わーい、待望の海だー!
夏だー!
青い空と白い雲だー!
……って、誰も見てねえし。
みんな遊んでて、私だけ完全ぼっちだし。
ひとりで波打ち際でバシャバシャやってても、何も楽しくないよ。
遊泳禁止の浜で、たった一人で水着で突っ立ってる女って何なの。露出狂?
それに何だかこうしていると、アイドルルートのトラウマがよみがえってくるな。
誰も見てないのに、
「えへっ」
「わーい」
「お水、冷たーい」
……とか。
出来るけど。出来ますけどね、あのアイドルルートの数々のステージを思い出せばね。
せめてマリーちゃんだけは、私に付き合ってほしかった。
その愛犬は飼い主そっちのけで、小林さんが投げるボールをくわえることに夢中になっておりますが。
非常に虚しくなったので、十五分ほどでみんなに合流した。
「あれ、もういいの?」
と聞かれましたが、ひとりきりで長時間波打ち際で遊ぶのって、人としてかなりのパワーを消費する行為だよ?
そして、
「ほら、次はハヤテだ」
「マリーちゃん、うまいぞ」
誰も私の水着に興味を示さない。
こんなことなら、どれほど願望と言われようとも見栄など張るのではなかった。
アバターでくらい、ボン・キュッ・ボンのエロエロ体型を実現させるべきだった。
アホらしい&海風に晒されて寒いので、さっさと元通り服を着ました。
砂浜のボール投げ大会は、興奮しすぎたマリーちゃんがダウンするまで続き。
このイベントが私のためではなく、犬たちのためのものであったことを骨の髄まで味わった。
私はぐったりしたマリーちゃんをケージに入れ、水分を取らせて日陰で休ませた。
大型犬のハヤテちゃんはまだまだ体力があり余っており、小林さんと楽しげにボール遊びを続けている。
「ごめんね。興奮させ過ぎちゃったな」
中村さんが、ゆっくりと近づいて来て私の傍に座った。
「小林のヤツ、調子に乗って遊ばせるから。俺も止めれば良かった。大丈夫かな」
「あ、いいんです、いつものことですから」
私はため息をついて言った。
マリーちゃんという犬は、感情も体力もセーブすることが出来ない性質である。
テンションが上がりやすく、夢中になったら飛び回り走り回り、体力の限界に至って泡をふいて倒れるその瞬間まで暴れまくる。そんな、ちょっとアレな感じの犬なのである。
初めは私も、もう少し賢い生き方を何とか教え込もうとした。だが、挫折した。
最近は諦め気味である。マリーちゃんはこういう存在なのだ。
だからその存在まるごとを受け容れるしかない。
それが私のマリーちゃんに対する愛である、のかもしれない。
「面白い犬だよね」
にっこり笑って言う中村さん。
そう言って下さって、ありがとうございます……。
心が広いのか、スルースキルが高いのか。やっぱり那須野系の香りがするよ、中村さん。
「ハヤテちゃんはいいんですか?」
たずねてみると、
「小林が遊んでるからまかせとく。まあ、そのうち体力が尽きるだろうから、そうしたら帰ろうか」
とおっしゃる。
「ハヤテちゃんも体力が尽きるまで遊んだりするんですか?」
私は聞いた。
犬種の差なのか、単なる個体差なのか。
ハヤテちゃんはとても落ち着いた性格で、ボール遊びの時でさえマリーちゃんが興奮してると譲ってくれたりする謙虚なワンコである。
そんなハヤテちゃんが体力の限界まで暴れ回り、うちのマリーちゃんのような情けない姿を見せるところなど正直想像がつかないのだが。
「あ、そうじゃなくて」
中村さんは言った。
「ハヤテの方が体力あるから。たぶん小林が先にバテる。大丈夫、運転するのは僕だから」
小林さん完全切り捨て?! お友だちなんだよね、二人は?
そして中村さんの予言通り、それから一時間後くらいに小林さんがへろへろになって砂浜に倒れ込んだ。ハヤテちゃんは元気いっぱいだった。
その小林さんを、中村さんが引きずって車の後部座席に収納。
私は爆睡しているマリーちゃんをケージごと膝に乗せて、助手席へ。
まだ遊び足りなさそうなハヤテちゃんを連れ、その日のお出かけは終わった。
犬連れだとレストランには入れないので、途中のお弁当屋さんでお弁当を買い、みんなで一緒に食べました。
多分、デートイベントだったんだと思うけど。
やっぱり、何か思ってたのと違う。
恐るべし『マニアック』。相変わらず、攻略への道が見えない。




