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45 傷付き疲れた私は愛と癒しを求めて旅に出ます。

 翌朝。

「あれ。どうしたんですか、平群さん。具合が悪いなら、まだ休んでいていいんですよ?」

 出社してすぐに室長に声をかけられる。

「いつもより顔がヘンです」


 私は振り向いて、キッと室長を睨みつけた。

「顔がじゃなくて、『顔色が』でしょう? 言葉は正しく使って下さい。不愉快です」

 失恋直後の女に手榴弾を投げつけて来るとは、さすが室長。しかし空気を読まないにも限度というものがある。


 言っとくけど私は梨佳みたいに、バカの一つ覚えの砲撃を見当違いの方向に発射し続けるタイプじゃないよ。勝利のためなら絡め手も使うし、軍備増強、射角調整も怠らないよ? とんだ労働争議に発展しても知らないよ?


「いえ、顔がヘンです。平群さん、普段はもっと目がパッチリしていたような。白目も血走っているし、顔色が黄色っぽいです。それに輪郭がむくんでいませんか。やっぱりまだ具合が悪いのでは」

 至近距離から私の顔をのぞきこむ、色白のっぺりこけし系三十代男性。


 ……それはねえ。

 晴と別れて家に帰ってから大泣きして、ついでにやけ酒をガバガバ飲んで寝落ちしたせいだよ!

 大人なんだから、そんな夜もあるって分かれ。追及すんな。いつものスルースキルはどこいったのよ。


「やっぱり無理しない方がいい。送って行きますから、今日は帰りなさい。それとも病院に連れて行った方がいいですか?」

「大丈夫です」

 私はすげなく言った。

「仕事、出来ます。仕事させてください」


「ですが、僕には上司として監督責任が」

「大丈夫です。どうせハードの中で寝てるだけなんですから」

 私は室長から離れて、自分の机に行った。


 まあ、私がこの机を使うことはほとんどないんだけど。単なるお弁当箱置き場というか。

 そして隣りの梨佳の机からしばしば書類が崩れ落ちて来て侵略される。梨佳、もうちょっと机を片付けなよ。



「おはようございまーす」

 と、その梨佳が明るく出社してきた。

「後醍醐くん。平群さん、体調が悪いみたいなんだ」

 室長がすぐに言った。梨佳は一瞬、

「後醍醐って……」

 と眉を吊り上げかけたが、

「え。咲、大丈夫? どうかしたの? 辛いならまだ休んでて良かったのに」

 一転して心配そうに、私の傍に駆け寄ってくれる。


 この会社……というかこの二人は優しい。とは思う。


 前の会社だったら、このくらいのこと放っておかれた。出社できてるんなら大丈夫でしょ、レベルの扱いだ。

 二日酔いでだるいと言ったら『自己管理できてない』と注意されたし。

 人数足りなくて納期迫ってる時は、熱が出てても『えー、帰るの?』と上司にイヤな顔された。


 それを思うと、居心地良すぎて落ち着かないくらいだ。もったいないほどありがたいと思うのだが。

 今、言いたいことは一言。


 そんなに構わなくていいから! 私のことは放っておいて!!


 ……これに尽きる。

 思春期の若者と過保護な両親みたいだが。



 結局、心配してくれる梨佳と室長を振り切って、私はゲーム機本体の中に横たわった。

「本当に大丈夫? 具合悪くなったらすぐログアウトしてね?」

 最後まで心配そうにしながら、棺桶の蓋を閉める梨佳。


 視界が暗くなった時はホッとした。

 今まで悪いところしかないと思っていたこのハードだけど、ひとつだけ他にない長所を見つけたわ。


 完全に一人になれる。



 まさか『マニアック』にダイブするのが嬉しいと思う日が来るとは、自分でも意外だった。

 でも、あのゲームの中では自分を忘れていられる。山田サキになり切って、平群咲の人生は凍結できる。

 これって引きこもりの心理だろうか。ゲーム廃人の心理? ちょっとヤバい気もするが。

 だけど今の私には、それが少しだけ救いだったりするのだ。



 ゲーム開始当初に比べれば、少しは物が増えた『マニアック』の自室で、やれやれとため息をつく。

 梨佳にモニターされているとはいえ、事実上この中は私しか存在しない世界。

 ちょっとくらいくつろいでもいいだろう。


 ベッドの上に置いてあるのは、攻略記録のアルバムだ。

 うーむ。大変、見たくない気がするが。

 これも節目として、やはり目を通しておくべきだろうか。



 一枚目。マスターと私が桜を眺めている写真。

 うん。初めは五十代のオッサンが攻略対象? とかなり動揺したものだったが。

 今から思うとマスタールートって良心的だったよね。年齢以外はさほどおかしな設定もなく、穏やかに愛を育んで。


 次は伊藤くんならぬグンガニルさんと、私のアバター・サキーン(男)が夕日の中でキスをしている写真だ。

 うぐぐ、これには未だに体力気力をガッツリ持って行かれるなあ。あれだけ頑張った結果がBLエンドって、どういうことだよ。


 しかし、しかしである。いろいろおかしなところはあったが、伊藤くんルートはまだしも少女マンガっぽかった。

 言い換えれば、乙女ゲームが乙女ゲームであるための最後の一線。そこはまだ守られていた気がするのだ。


 そして問題の三枚目。

 動物園から脱走してきた雌ゴリラか、凄腕の殺し屋かと疑うようないかつい女(私)が、美少年佐藤ゲス人をひざまずかせ靴を磨かせているという衝撃的な画像が!


 おーい、このゲーム。いったいどこを目指しているの?

 こんなにカオスな攻略記録、見たことないわ……。

 


 この瞬間、私は決意した。

 次の攻略で私が求めるものはズバリ『平穏』。


 ごく平凡な日常の中、知り合った相手と穏やかに愛を育み、多少の山谷はあっても後になったら『あんなこともあったね』とお互いに笑い合えるような平凡な恋。

 それこそが、今の私の求めているものだ。


 戦闘力が攻略の基準とか、ゲーム内ゲームで男キャラをアバターにしないと攻略不可とか。

 女子高生なのにステージでBBA扱いなアイドル生活とかは、もう要らん!


 私の心の平穏のために、今度こそ穏やかな恋を勝ち取ってみせる。必ずだ!



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