43 雨の夜の再会
その後の二日間、私は発熱してバイトを休んだ。
日給の身なので病欠は即月収に響く。辛いところだが、長時間ダイブして頑張った末にたどりついたのが『美少年を戦闘力で這いつくばらせて愛を誓わせるドSエンド』。更にそれを『グッドエンドである』とか言い張られた日には、熱も出ようというものである。
私は、ごくごくフツーにイケメンたちとのキラキラ恋愛を楽しみたいだけの乙女ゲームファンなんだよー。
それもがっつりキャラ萌えしたりはしない、ヒマつぶしになればいいや程度のライトなファンなんだよー。
勘弁してよ、ホント。
それでも布団に引っくり返ってうなっているうちに、体は回復して来てしまう。それと同時に、『生活苦に対する不安』という現実感覚が蘇って来てしまった。
あのゲームとは出来ることなら縁を切りたいところだが、仕方ない。明日はバイト行くか……。
と思ったら、机の上に置きっぱなしのDVDが目に付いた。
マズイ、この前レンタルしたヤツ。もう見たんだけど、返しに行くの忘れてた。いつまでだっけ?
あわててレシートを確認。今日までじゃん! 焦って時計を見上げる。
深夜、二十三時三十五分。レンタルショップまでは徒歩十分、店は午前二時までやっている。
まだ行ける!
グシャグシャの髪の毛をとりあえずひっつめて誤魔化す。服は……Tシャツに高校ジャージの寝巻スタイルだけど、まあいいや近所なんだし。雨降ってるし、傘さしていけば大丈夫。(多分)
化粧してる時間も惜しいので、すっぴんでGO。ゴミ捨て用のサンダルで、DVDと財布をつかんでアパートを出た。
雨脚はもうだいぶ弱くなっていた。傘も要らないくらいだけれど、恰好が恰好なのでそのまま差していく。
足下は水たまりが多く、ひと足歩くごとにぱしゃりと水がはねた。
家に帰ったら足を洗わないとダメだな、これは。
会社勤めしている時は、残業してこのくらいの時間に帰ってくることもあったっけ。それが懐かしいような、そうでもないような。
少なくとも今の方が健康的な生活なんだろうな、とは思った。
無事、日付が変わる前にレンタルショップに到着。返却手続きを終える。
大手のチェーン店だと返却ポストとかあるらしいけど、ここの店にはそういう便利なものはない。導入してほしいわ、ホント。
まあ、延滞金を取られる羽目にならなくて良かった。こちらはバイトで食いつなぐ身分、余計な出費は少しでも減らしたいのである。
店を出ると、もう完全に雨は止んでいた。さすがに、これでは傘を差していくわけにはいかない。
幸い人通りは少ないし、さっさと家に帰って寝よう。そう思って歩き出した時、
「咲?」
後ろから名前を呼ばれた。
その声に聞き覚えがありすぎて、私の体は固くなる。
もう、聞くこともないと思った声。
全部終わったはずなのに、それでも何かを期待して。
私はゆっくりと振り返る。
そこに私を振った元カレ、竹中晴(ハル)が、スーツ姿で立っていた。
「あの……大学時代の友達と、この近くの店で飲んでてさ」
晴は中途半端な長さの髪をかき上げる。照れたり困ったりする時の彼の癖だ。
「咲のアパート、この辺だったなって思って。何となく来ちまって」
何なの。別れて、もう関係なくなったはずなのに。
どうしてこんなところにいるの。
そう思いながらも心臓の鼓動が高まり始める。
どうしてなの。この再会は何?
そして気付いた。
私の現在の装備:すっぴん ひっつめ髪 高校ジャージ(色は蛍光オレンジ) Tシャツ(人気アニメのキャラクター柄) つっかけサンダル
痛恨の失敗!
これ以上にダサい恰好ないよ、っていうくらいダサい!
なぜこんな姿で外に出た、私。たった数百円の出費を惜しんだために今、確実に女として大切なものを失ったよ!
フラれた男の前ではせめて、最高にキレイでカッコいい自分でいたい。そんなものではないだろうか。
そして、『俺、惜しいことした』って悔しがらせてやりたい。それが女の気持ちではないか?
それなのに、私のバカ。バカバカバカ。
今の私の姿に晴が惜しいと思う要素、何もないよ。むしろ『別れて良かった』って思われてる、絶対!
「な、何よ」
残ったわずかなプライドをかき集めて、晴から顔をそらす私。
「もうアンタとは関係ないでしょ。私、会社も辞めたし」
だから、このまま去ってくれ。それが今の私への優しさだよ。
だが晴は何度も髪をかき上げながら、言葉を続けた。
「ま、そうなんだけどさ。お前のこと、一応気になってて。ほら、会社だって俺のせいで辞めたみたいなもんだったし。お前、仕事には燃えてたから辞めちゃって大丈夫かなって思ってた」
そんな優しさを向けられても辛いだけなのよ、理解しろ。あと、早くアンタの前から消えさせて。このカッコウ、見られてるだけで生命力が吸い尽くされて行くから!
しかしそれを察する様子もなく、私をガン見したまま足を止めている晴。
そう言えばちょっと空気の読めないところのあるヤツだったわ、コイツ。
そして『俺のせいで』ってセリフ、微妙に佐藤ゲス人っぽい香りがするな。
……って感想、だいぶ『マニアック』に毒されてるような気がしてちょっとイヤだけど。元カレとゲームキャラを比べるって自分、人としてどうなのよ。
「そんなこと、もう関係ないでしょ」
私は必死で言う。
「別に、辞めたの晴のせいなんかじゃないし」
というのは完全に強がりだけどさ。
「なら、いいけど」
おい。そこ、簡単に納得しないでよ。
イラッとする私。ホントに空気読めないな!
「なあ咲。今、何やってんの?」
「バイト」
私は言った。
「高校の友達のいるゲーム会社の仕事を手伝ってる。面白いよ、クリエイティブな仕事だし」
うっわー。よくそんなセリフが出て来るなあ。我ながらビックリだ。
実際には、クリエイティブすぎて眩暈がしてますけどね。
「そうか。咲は咲で頑張ってるんだな」
晴はちょっと淋しそうだった。
「もう帰りなよ」
彼から目をそらして私は言う。
「私と会ってるって知ったら、姫子ちゃんが悲しむよ」
「ああ。姫子とは別れた」
そこへぶつけられた、衝撃の告白!
思わず、また振り向いてしまう。
「何ソレ。あれからまだ二ヶ月も経ってないじゃない」
「まあな」
晴の表情も苦々しげだ。
「親会社の斎木さん、覚えてるだろ? あの人に簡単に乗り換えられて、フラれた」
あー。斎木さん。イケメンで高学歴で、親会社の正社員だから当然、私たちより高収入。
そんなに次々に男を乗り換えるなんて姫子ちゃん、恐ろしい子。いや、あのモテモテの斎木さんを落としている時点で、恐ろしい子!




