42 プレイ解析 第6回
「おつかれさまー。頑張ったね、もう七時だよ」
梨佳が起こしてくれた。残業させてしまったようだ。
いつもより多めにダイブして、私もフラフラだった。
「咲、またやったねえ。やっぱり自信なくなるよ、こんなに簡単にグッドエンド攻略されちゃうなんて」
「いや……ちょっと待って……梨佳」
フラフラ歩きながら、私は言った。
「何で、あれがグッドエンド?」
「え?」
きょとんとする梨佳。
このゲームをプレイし始めてから何回見たかな、コイツのこの顔。
「だって、美少年がひざまずいて『愛してる』って口説くんだよ? 夢のキラキラロマンスシチュエーションじゃない?」
「違う。絶対違う」
考えるより先に脊髄反射的にツッコんでしまった。
確かにシチュエーションだけ口頭で説明するとそうだよ?
でもね。それ以外のもろもろの要素が、ロマンスとかけ離れすぎてるのよ!
「そうかなあ」
「そうよっ」
そこだけは全身全霊で主張しておく。
この電波女にロマンスのなんたるかを誤解させたままでいたら、更なる悲劇が起こること間違いない。
「おかしいなあ。グラフィック担当さんにこの話をしたら、『それは萌えますね! スチール描くのが楽しみです』って言われたんだけど」
またグラフィック担当か。梨佳を調子に乗せないでくれ、頼むから。
「どうせ詳しいシナリオ見せずに、シチュエーションだけ話したんでしょ」
「最初はそうだけど。でもスチール上げてもらわなきゃいけないから、当然シナリオは見せたよ」
それはそうか。
「そしたら何だって?」
「思ってたのと違うけどこれはこれで萌えます。うぷぷぷぷ。って言われたんだけど」
グラフィック担当ーー!
お前もか! お前もコイツと同じ種類の変態なのか!
ひとつのゲームを作り上げるのに、変態は二人も要らない。ひとりで十分というか、むしろひとりもいない方がいいんだけど。このゲームの製作現場に必要なのは、常識を持った普通の人間だよ。
私はがっくりと肩を落とした。
燃え尽きた。燃え尽きたよ、真っ白に……。ああもう、リアルにもフェードアウト機能ついてればいいのに。
「このゲーム、発売されたらクレームの嵐になるんじゃないかと心配してたんだけど」
今はもう、そんな次元を突き抜けた。
クレームとかいう問題じゃない。訴訟にならないか心配だ。
私だったらゲームソフトの代金と、プレイするのにかかったムダな時間の補償、そして精神的苦痛に対する慰謝料を請求する。
「えっ。そんなにつまらない? やっぱり簡単すぎる?!」
と顔色を変える梨佳。
いや。つまるとかつまらないとかの問題じゃなくてさあ。
「あのさ。このゲーム、乙女ゲームの範疇を逸脱してるのよ。いろいろ」
「それは、今までにない新しい乙女ゲームを作ろうと」
嬉々として説明しようとする梨佳だが、私はきっぱりと首を横に振る。
「今までにない新しい『乙女ゲーム』じゃないよコレ。今までにない新しい『ジャンル』のゲームになってる」
ゲーム、すなわち遊戯と言っていいのかどうかもアヤシイ何かに。
あえていえば精神修養系というべきか。
もしフルコンプすることが出来たなら、その時きっと私は何事にも動じない心を手にしているだろう。たぶん。
「そんなあ。一所懸命いろんな萌え萌えときめきシーンやシチュエーションを考えたのに」
だから。
アンタの場合、その萌えポイントが世間一般と大きくズレていることにいい加減気付いてほしい。
「梨佳さあ、このゲームのPR方針を室長とちゃんと話したら? 乙女ゲームっていうジャンルで売らない方がいいと思うよ、絶対」
「だって」
梨佳は途端に不満そうな顔になる。
「室長は私の話を聞いてくれないもの。会話にならないわ」
いや、話聞かないのはお前もだから。
二人の会話って、ひたすら梨佳が『後醍醐って呼ばないで!』とシャウトしているだけだし。
どうやって『マニアック』を曲がりなりにも現在の状況まで作り上げたのか、想像も出来ないのが正直なところだ。
おそらく室長のスーパースルースキルと、梨佳の物事にのめりこむ性質が大きな働きをしていると思われる。
「あのね梨佳。攻略対象を全力で殴りたくなる乙女ゲームって、どうかと思うの」
今回は佐藤圭人を殴ることに全精力を傾けてしまったものな。我ながら恐ろしいまでの闇のパワーが出てたわ。
「結局、殴れなかったし。すごい悔しい。一発でいいから殴りたかったあ!」
悔しがる私。
それを梨佳は不可解なものを見る目で見て、
「NPCを殴ると、バッドエンド『補導』になるよ?」
さらりと情報開示した。
補導エンド来たあ! 何でそう、いつもいつもヘンなとこリアルなのよ。
私はがっくりとうなだれた。
「それにさ梨佳。たった一回会っただけでグッドエンドっていうの、おかしくない?」
クリアしておいてそう言うのも変かもしれないけど。
マスタールートや伊藤くんルートで必死に奮闘した日々を、全否定されてる気がするんだよね。
ていうか前に佐藤くん自身に『ろくに知らない女と付き合うわけない』って言われたような。
「ほら、『ひと目会ったその日から恋の花咲くこともある』って昔から」
「いや違う。あれ何か、別のものが花開いてる」
「うーん。ちょっとネタバレすると、戦闘力のパラメーターが一定以上の値に達しているとあのエンドにたどり着けるのよ」
と、梨佳は更にものすごいことを口走りやがりました。
愕然とする私。
「今、何て言った? 梨佳」
「え?」
またしてもきょとんとする梨佳。
「佐藤くんってほら、ちょっと気難しいキャラじゃない? だからグッドエンドはその分、簡単でもいいかなって。ズルいかなとは思ったんだけど、ひとつのパラメーターゲージでグッドエンドに……」
「そこじゃない!」
私は全力でツッコんだ。
「何で乙女ゲームの主人公である自キャラのパラメーターに、『戦闘力』って項目があるのよ?!」
「ほら、恋は女にとって闘いだから」
「だからってガチで戦闘してどうすんの? アンタのセンスは絶対にオカシイ。ていうか、戦闘力のゲージが乙女ゲームの攻略成功に関わって来るって状況がオカシイから」
あのゲスっぷりを『気難しい』で済ますなとか、言いたいことは他にもいろいろあったが。
長時間ダイブの疲れもあり、この辺りでツッコみつかれた私であった。
今度こそ、燃え尽きたよ。真っ白に……。




