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40 バッドエンド(2)

 敵は全て去った。

 ふ、見たか。ファンすらも蹴散らした私の歌声のすさまじさを。

 勝利はしたが、虚しさだけが胸を吹きすぎていくのだった。


 まあ、それはそれとして。

 マネージャーになれなかった私は、とりあえずスポーツ用品店でのバイトを申し込んだ。遭遇率は低いだろうが、何も手を打たないよりはマシだろう。こちらは何とか採用された。後はどうやって近付くかだなあ。


 ゲーム内時間が過ぎるにつれ、少しずつ情報が集まって来た。

 佐藤くんは意外にも部活には真面目だ。朝は朝練、放課後は夕練と、部活一筋の日常を送っているらしい。そういえばそうだったよね。だからファンクラブに入っても近付くスキがなかったんだ。


 試合のある時以外は日曜が部活休み。その日にはいろいろな女の子と適当に遊び回っているらしい。

 その枠に入りたいのよ、その枠に。どうやったら入れるの?


 相手の年齢は関係ないみたいで、同じ一年生だけでなく二年生・三年生の先輩、後輩の中学生とかおかまいなく手を出しているようだ。

 ホント、しょうもない男だな、佐藤くん。五百万がかかってなかったら絶対行かないよ。

 そもそもショタが好みじゃないのに性格も最悪って、どこに萌えろというのか。乙女ゲームの攻略対象としてこれで良いのか。


 この辺りで情報収集に詰まった。

 考えた挙句、『佐藤くんと一時付き合って今はフラれた』という、痛みを共有できそうな相手に話を聞きに行くことにする。



「向こうから声かけて来たのよ」

 同じ二年生の女生徒は悔しそうに言った。

「何度もデートして、キスもしたのに。急に『もう飽きたから』とか言われてポイよ。許せない! 仕返ししたくても、ファンクラブに護衛されてて出来ないし!」


 うん、まあ。やっぱり佐藤くんって鬼畜キャラなのね。

 そしてファンクラブに護衛されてるって……バトルゲームのボスキャラか、あの子は。

 何かやっぱり、攻略方法が乙女ゲーというより違うゲームになっている気がしてたまらない。


 とにかく護衛のファンクラブを蹴散らして、最終的にボスキャラ佐藤を攻略しなくてはならないわけだが。あ、そうだ。

「あのー。佐藤くんの下の名前って、教えてもらえます?」

 本人に聞くのもマヌケなので、ここで聞いておこう。

 情報源キャラはきょとんとしながら、

「圭人よ。佐藤圭人」

 と教えてくれた。


 けいとかあ。相変わらずリアルで出会いそうなお名前だ。

 キャラの方が絶対にリアルでは出会いたくないほど立ちまくっているから、どうでもいいけど。


 しかし肝心の出会いの方法についてはあまり役に立たなかった。彼女の場合は向こうから一方的にモーションをかけて来たそうだけど、私は……。

 バイト先で何度か顔を合わせてはいるんだけど、佐藤くんの私を見る目は完全にモブというか背景を眺める目だ。モーションかけられそうな予感はカケラもない。


 何かイベントをこなさないといけないのかな。

 それが一学期の早い時点にやらなくてはいけないものなら、もうこの時点で攻略失敗確定だ。


 梨佳は前より情報開示してくれるようになったけど、やっぱり自分からはあまり教えてくれない。こちらからの質問への回答と、後は攻略した後に追加情報をくれたり、失敗した時にアドバイスをくれる程度だ。だから基本的にノーヒントで攻めなければいけない。


 まあいい。佐藤くん攻略について、長丁場は覚悟の上だ。

 二周目になる今回は『玉砕覚悟・ノーマルエンド上等』の精神で早めに果敢に攻めてみるか。



 バイト先で会ったら積極的に声をかけてみる。

 校内でも見かけた時も挨拶していく。

 ファンクラブ? ガン無視よ。私にはどどめ色の歌声という武器がある!

 

「おはよう佐藤くん。部活頑張ってね」

 と声をかけ続けて一ヶ月。

「ああ。また先輩?」

 個体認識され始めたようで、反応が返ってくるようになった。

「誰だっけ」


「二年三組、山田サキよ。スポーツ用品店でバイトしてるの」

「ああ。そういえば女の店員がいたな」

 やっぱりモブ扱いかい。ホントにヒドイな、この男。梨佳、どうして攻略対象をこんな鬼畜にした。


「ふーん。何でいつも僕に声をかけて来るの?」

「え? えーっと」

 直球で聞かれると返答に困るな。

「あのー。佐藤くんに、興味があるから」


 それを聞いた佐藤くんは大きな目を細くして、

「ああ、そうなんだ」

 とだけ言って去って行った。



 そしてゲーム内時間の数日後、カタストロフは訪れた。

 その日はバイト。急いでスポーツ用品店に向かう途中の人通りのない道で、佐藤くんファンクラブ会員が私を取り囲む!

 数人ではない。全会員が結集したのかと思われるくらいの厚い陣容だ。

 一対数十。シャイモラだったら完全に殲滅される。そんな状況である。


「山田先輩。最近、ちょっと調子乗ってるみたいですね」

「佐藤くん、迷惑してるんですよ」

「彼から離れてくれません?」

「ストーカーって最低だと思います」


 数の威圧。迫りくる包囲網。私は、こんな時のために買っておいたマイクを取り出すが。

 最終兵器(どどめ色の歌声・エコーバージョン)をもってしても、この人数を倒すことがかなうだろうか。山田サキ、最大のピンチ!

 

 その時、高らかな声が響き渡った。

「あはは、やっちゃえみんな。ソイツ、キモいんだよ」

 

「そ、その声は」

 辺りを見回す私。

 十重二十重に私を取り囲む人垣の向こうに、天使のようなイケメン顔が見える。

 おい佐藤! 部活はどうした、部活は!


「ウザいんだよね。地味でブスなくせしてさ、僕に相手してもらえるとか本気で思ってるの? 頭オカシイんじゃない。気持ち悪いからさあ、この女、再起不能にしちゃってよ」

 とか楽しげに語るコイツは。


 鬼畜ではない。単なるゲスだ。


 そしてゲスの煽動により包囲網を狭めてくる少女たち。

 待て、君たち。話せばわかる。君たちはそのゲス男にだまされている!!

 

 しかし、そんな説得が通じる道理もない。

 私は集まって来た女子たちに寄ってたかってボロボロにされ、地面に這いつくばった。


「いい恰好だね、先輩」

 近付いてきて、私の前でかがみこむゲス男。

 私の髪の毛をひっつかんで持ち上げると、いきなり平手打ちをかましてきた。

 痛い。何、この展開。

 あれえ。これ、確か乙女ゲームだったよねえ。そんなの夢かな。アハハ、ハハ。


「思い上がるのもいい加減にしろよ。目障りなんだよ、ブス」

 そう言い捨ててぐったりとした私を離すと、ゲス男は私のポケットから財布を抜き取った。

「僕のことが好きなんでしょ? じゃあ役に立ってよ。遊びに行く金がなくて困ってたんだよね。これからも末永く僕に貢いでよね。好きな人の役に立てるんだからさ、そういうの嬉しいんでしょ?」

 目の前でひらめく天使の微笑み。


「末永く……スクールカーストの最底辺で、さ」

 

 高笑いと共に護衛を引き連れて去って行く背中を、地べたに倒れ伏した私はただ見送ることしか出来なかった。

 『BAD END』の文字が暗くなっていく視界の中で、妙に明るく点滅していた。


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