35 戦うアイドル
伊藤くんと近付けたことに調子に乗った私は、折れかけた心をつなぎアイドル稼業に精を出した。
たとえ私の出番でお客がいつもひとケタしかいなくても。
他の出演者からBBA扱いされても。
物販に並ぶお客の列が誰よりも短くても。
もらう出演料より出ていくお金のケタの方が多くてさえ。
伊藤くんとラブラブエンドを迎えるためなら頑張れる……そんな私って乙女。
しかし、学校ではやはり伊藤くんは挙動不審な人のままなのだった。
アイドルの『サキりん』とは話せても、クラスメートの『山田サキ』と話すのは全く別らしい。
一度イベント会場でどうしてなのか聞いてみたら、
「う、うーん。こんなこと言ってもいいか分からないんだけど」
とても言いにくそうな伊藤くんから、
「ここでは俺、お金払ってるからお客でしょ? だからサキりんは俺に冷たく出来ないでしょ? だから安心できるっていうか」
というショッキングなお答えが返ってきましたよ。伊藤くん、君はそれでいいのか。お金で買った愛でいいのか?
「あ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。怒らないで下さい。サキりんのことは本気で応援してるので、出禁にしないでください」
と小さくなって謝られたが。
「伊藤くん」
私はついゲームキャラ相手に本気で説教してしまった。
「いちいち謝らなくていいよ。伊藤くんは自己卑下しすぎだよ。もう少し自信を持ってもいいと思う」
そうすると伊藤くんはもじもじして、
「でも俺、いいところとかないし、見た目もブサイクだし、デブだし」
とか言い始めた。
「そんなことないよ。伊藤くんにはちゃんといいところがたくさんあるよ」
私が言うと、
「どこ?」
と聞き返される。
「どこって」
言おうとして私は困った。
シャイモラ内でのグンガニルさんの頼れる男ぶりを例に挙げたいところだが、今回のプレイでは私、シャイモラ全然やってないんだよね。
パラメータは引き継いでいるから、VRゲームのハード自体はアパートにあるんだけど。
下手にシャイモラをやってトゥルーエンドルートに入ってしまったらマズイというのもあるし、単純に時間がないせいもある。
アイドル活動にお金がかかるので、土日祝日以外でレッスンのない日はバイトに全振りした。
その結果、私の毎日は大変忙しいことになっています。
ちなみにここまでに来る間に生活苦エンドを迎えてしまい、セーブした時点からやり直したりもしている。
ということで、この伊藤くんの前で『グンガニルさん=伊藤くん』だと知っていることをバラすわけにもいかない。言ってしまったらストーカー疑惑が浮上しそうだ。
そのため、
「えーとあの、サキりんのことをいつも応援してくれるし。ブログも毎日コメントくれるし、秘密も守ってくれてるし。優しいし、とっても頼りにしてるよ」
とか中途半端なことしか言えない。うー、フラストレーション!
それでも伊藤くんは細い目を眩しそうに更に細めて、
「あ、ありがとう」
と言ってくれた。
そんなプチイベントがモチベーションになったりするのだが、それでも一押しの子のイベント開始時間が近付くと、
「あ、それじゃ俺」
モソモソと言いながら伊藤くんは去ってしまう。
デレると見せかけてつれない態度。何ですか、このあざとい展開は!
所詮、私は二押し以下のアイドル。一押しには敵わないのね、と思いつつ。
それなら奪い取ってやろうじゃないか。それこそがアイドルの本懐! と闘志を燃やす私。
早速、伊藤くん一押しの『モモたん』について調べてみた。
・中学二年生
・ツインテール
・めちゃ可愛い
・化粧うまい
・衣装の趣味いい
・歌うまい
・ダンスもうまい
・MCもうまい
・物販での客あしらい見事
……勝てる要素がない。
どこで勝てというの。越えるべきハードルが高すぎるんですが。
実は超性格悪いとか、そんな欠点があるのではと期待したのだが。
同じイベントに出演した時に偵察がてら挨拶に行ったら、
「わざわざ挨拶に来て下さったんですか? すみませーん、モモたんの方が年下だから先に行かなきゃいけなかったのにぃ。サキりんさん、礼儀正しくてスゴイです、さすが高校生です、見習いたいです」
向こうの方が遥かに人気が上なのに、腰の低い応対と丁寧な言葉遣い。かわいい笑顔。
この子、性格もいいじゃん。
いっそう勝てねえよ! どうしろっつうの、これ!!
こうなったら私の唯一のアドバンテージ……同じ学校で同じクラスであることを、目いっぱい利用してみせる。
そして迎えた体育祭。
トゥルーエンドルートと同じく『ラブラブ二人三脚リレー』の当たりくじを引き当てる私と伊藤くん。
今度もこれで一気に親密度を高めてくれるわ。見ていなさいモモたん。あなたがいないところで、私は伊藤くんのハートを射止めてみせる!
今回はアイドルと客として会話実績があるせいか、伊藤くんを練習に引き止めるのもトゥルーエンドの時より大変ではなかった。
そして二人きりの練習を重ねた末、体育祭の本番を迎える。この辺りのイベント進行は前回と同じ。
他クラスの妨害によりケガをした私を抱きかかえ、伊藤くんが爆走してくれる。
ほほほほほ、このまぎれもない乙女ゲーイベントを見るが良い!
これで伊藤くんの心は私に釘づけよ!
……その時はそう思ったのだが、結果的に言うとそれが分かれ目だった。




