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34 恋するアイドル

 ステージが終わっても、それで終わりではない。むしろ、そこからが本番である。

 物販のお時間ですよ!

 といっても私はCDも出してないし、グッズもまだ作ってもらってない。

 じゃあ何を売るのかというと。


 自分である。

 

 いや、法に触れるようなことじゃないのだが。

 インスタントカメラでお客さんと一緒に写真を撮る。ついでに握手とかする。写真にサインする。

 その権利を売る。

 そういうことである。


「サキりん。はじめまして、『ウサギとカメ』です」

 顔だけ見れば落ち着いた中年のオジサンが、他のユニットの名前が印刷された派手なTシャツを着て握手を求めてくる。あー、ブログでいつもコメントくれる人。

「わあ! 会えて嬉しいですう」

 とか笑顔で言う私。

「サキりーん。『ホイコーロー』です」

 SNSで絡んでくれる人だ。

「来てくれたんですねー、サキりん嬉しい!」

 とか言いながら知らないオジサンと笑顔で握手して、笑顔で並んでマネージャーさんに写真を撮ってもらう。


 苦しい。苦しいよ、このバイト。

 キャラ作って応対するのも苦しいが、こんなに頑張っているのに私のコーナーの前にはオジサンばっかり四人しかいないというのも何か悔しい。

 小学生ユニットのところに三十人くらい群がっているのを見ると悲しくなってくる。


 どうしよう、このルートばっかりは持たないかも。

 私の精神が擦り切れるのが先か、貯金がパンクしてゲームオーバーになるのが先か。

 伊藤くんとのグッドエンドを迎える未来が見えない。 

 

 と思った時、

「や、やっぱり山田さんだ」

 聞き慣れた声がした。

 顔を上げると、


「ブ、ブログ見て、もしかしてって思ってたんだ。まさか本当に山田さんだったなんて」

 列の一番最後にいつの間にか伊藤くんがいて、五人目のお客様として目の前に立っていた。


 その瞬間、思わず涙ぐみそうになってしまった。

 普通にしゃべってくれると、伊藤くんは本当にいいお声なのだ。

 そしてトゥルーエンドルートではあんなに遠かった、伊藤くんとフツウにおしゃべりするということがこんなに簡単に達成できるなんて。

 いや、簡単じゃないけどさ。この道も結構辛いけどさ。

 でも嬉しい。


 マズイ。

 何かこのゲームを通して梨佳の特殊な趣味になじむよう調教されてる気がする。

 フルコンプした頃には萌えポイントが梨佳と同じになっているのではないかと思うと、とても怖いのだが。

 それでも、嬉しすぎて涙が出ちゃうよ!


「あ、わわわ、ご、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。本名バレまずいよね。に、に、二度と呼びません。だから許して下さい」

 ペコペコ頭を下げ始める伊藤くん。あー、こういうところは変わらないのね。

「あ、写真撮ります。お金払います。だから許して下さい」

 お金を差し出して来るが、これアイドル活動じゃなくて恐喝の現場みたいになってるよ、伊藤くん。


「サキりん。どうしたの?」

 私たちの様子が何かおかしかったのだろう。写真を撮り終ったお客と話していたマネージャーさんがこちらへ寄ってきた。

「いえ、あの」

 何と言おうか迷う私。


「スミマセン、スミマセン、スミマセン。俺、『神速の槍』です。サキりんと会えたのが嬉しくって」

 あー。それもブログの常連の人だ。アレは伊藤くんだったのか。

 言われてみれば『神速の槍』って中二なセンスが伊藤くんだ。


「あー、『神速の槍』さん。いつもお世話になってます。私、マネージャーの森藤です」

 とか挨拶している。ヘンな会話だ。

「あ、『槍』さん、写真撮るんですね。私、撮りますよ。サキりん握手した?」

 一気にハンドル略されたし。

 でも、ああ、そうか。お金もらったし、握手して写真撮らなきゃいけないんだ。


「い、いいんだよね。お金払ったし、いいんだよね」

 伊藤くん、鼻の穴がふくらんでますよ。

 その、差し出された手を両手でギュッと握って。

 握って。

 握って。


 ……照れるぞ。

 

 考えてみたらリアル(ゲーム内)伊藤くんに触ったのって、あの体育祭の二人三脚の時くらいだ。

 それを人前で、こっちから両手で手を握ってとか、ものすごく恥ずかしいんだけど。


「サキりん。どうしたの、ちゃんと応援してもらってるお礼言わなきゃ」

 マネージャーから注意を受けてしまった。

「あ、あの。い、いつも応援してくれて、ありがとう」

 

 伊藤くんの癖がうつったみたいにどもってしまう。

「サキりん、嬉しい」

 後半は完全に平坦な棒読みに。真の自分を知っている人の前でキャラを演じるとか、私にはハードル高すぎる!

「うん。うん」

 伊藤くんは鼻息を荒くしながら、嬉しそうにうなずく。


「じゃ、じゃあ写真を」

「うん」

「どんな風に撮る?」

「う、う、腕を組んでもいいですかっ!」


「あー、ごめんなさい。それはNGです」

 マネージャーのチェックが入る。伊藤くんはシュンとした。

「そうですよね。スミマセン、調子乗りました。普通に並んででいいです」

 で、写真を撮ってサインして渡す。写真の自分の笑顔があからさまにひきつっている。

 私ってチキンなのね。


 その後、

「じゃ俺、まだ回るところがあるから。サキりんのこと、ずっと応援するからね」

 と言って、伊藤くんは手を振って立ち去ってしまった。

 うん。伊藤くん、他の子の名前の入ったTシャツ着てたもんね。

 例の伊藤くんがファンだというアイドルの子かな。


「サキりん」

 マネージャーが、いつもよりちょっと厳しい顔で私に言う。

「ダメだよ、男の子と付き合うのは。特にファンと親しくなるのはご法度だからね」

「そ、そんなんじゃ」

 ありませんと言いかけて。


 あるのか。と、思い返した。何と言ってもこれは乙女ゲーム。

 伊藤くんを落とすのが私の使命である。


 むむむ。つまりこれは。

 禁じられた恋!


 そして、私たちがクラスメートだということは。

 二人だけの秘密!

 

 更に。

 あの伊藤くんが追っかけしている女の子から、彼を奪わなくてはならないと見た。

 略奪愛!!


 よし。何かちょっと、王道の少女マンガっぽくなってきたではないか。

 そう思うと、

 燃えるね! (萌えるというより燃える)

 何かビミョウに設定は変だが、この王道ストーリーを走り切ってみせようではないか。

 

「サキりん。そろそろ次の人とブース交代しなきゃいけないから、片付けして」

 マネージャーに冷静に言われた。

 

 ねえ梨佳。

 このパッとしないアイドル生活。どうしてもシナリオに必要だったのかなあ。

 次にゲーム作る時は企画の段階でもっと設定を煮詰めてほしい、と切実に思った。


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