31 プレイ解析第4回 続き
そんな不毛なやりとりを経て、何とか元の話題に戻る。
梨佳は不承不承さっき言いかけたことを話してくれた。
「ええとね、シャイモラのアバターが女の子だと伊藤くんトゥルーエンドにはたどり着けないのよ」
「何でよ」
即、ツッコんでしまった。
「だって伊藤くんだよ? 女の子アバターでさえ避けて通る、女の子恐怖症なんだよ。アバターを女の子にしたら好感度上がるどころか、傍に近寄ってさえ来ないよ」
それはつまり、ゲーム内リアルでもさんざんやったあの追いかけっこをシャイモラ内でもやれと。
そういう話ですか。
「まあ、やりようによってはグッドエンドには持ち込めるんだけど」
それって。
「つまり伊藤くんトゥルーエンドの攻略スチールは、ホモキスシーン以外ありませんと」
そういうことですか。
「うん」
「何でそんな仕様にしたの?」
「え? 外注のグラフィック担当さんがそういうシーン入れよう、入れたら絶対ウケるからって結構プッシュして来て。ウケるならそういうの入っててもいいのかなって」
グラフィック担当ーー! 出てきて責任取れや!
梨佳って結構単純だから、すぐ人の言うこと真に受けるんだよ!
「梨佳。そういうのが好きな人は、そういうゲームを買うから。普通の乙女ゲームの中にいきなりこういうのが入ってても需要ないと思うよ」
私はキッパリと言った。
「そうなの?」
「そうなの」
梨佳はしばし沈黙して考え込んだ。
それから言った。
「まあ、いいか」
と。
「今からプログラム改変するのかなり大変だし。伊藤くんの性格設定からやり直さなくちゃいけなくなっちゃうし。それは次回への課題ということで」
えへ。
と、笑って終わらせる二十八歳天然電波。
私はガックリした。
ツッコんでも不毛。ツッコまなくても不毛。なぜこんな砂漠地帯に私は足を踏み込んでいるのか。
「分かった。それはいい」
いろいろなものを飲みこんで、そう言える私って大人。
「でもアドバイス機能だけは絶対に実装してほしい。私は梨佳にこうやっていろいろ聞けるけど、一般のユーザーは出来ないんだよ? そうしたら確実に攻略に詰まるよ」
「でも」
梨佳は不満そうに言う。
「そうやって、いろいろやって正しい道を見つけてもらうのもゲームのうちなんだけど」
「梨佳」
私は言った。
「ハッキリ言うけど、このゲームはその『いろいろ』があり過ぎる」
VRなのだからリアル感を大切にしたい。
そう言う梨佳の気持ちは分からなくもないし、方向性としてはアリなのかなとも思うのだが。
「キャラクターも多いし、クラスメートとかでもフツウに交流できるよね。前も言ったけど、その中からたった十人の攻略対象を探す、これだけでもハードル高すぎる。フツウの乙女ゲーなら選択肢とかパラメーター表示を手掛かりに出来るけど、それさえない」
「だから、それは現実感を大事に」
梨佳は説明しようとするが。
「現実っぽすぎるのよ」
私は指摘した。
「現実なら確かに、山ほどいる人間の中からたった一人の運命の人を探さなきゃいけないわけだけどさ。ゲームなんだから、もう少しお手軽感が必要だと思う。あのね梨佳。攻略に詰まったら、人はどうすると思う?」
「それは、いろいろやってみて可能性を探すんじゃ」
私は首を横に振った。
「世の中の人はそんなに暇じゃないの。攻略に詰まったら人はまず攻略情報を探す。誰かに教えてもらおうとする。そして、その情報すらないと分かったら」
「どうなるの?」
「投げるのよ。ゲーム自体を」
私はかなり初期に本体ごと投げたい気持ちになったが。ハードが大きすぎて断念したけど。
「攻略なんかムリって諦める。そしてアンタが大事に作ったゲームは不燃ごみになるか、良くて中古ゲーム屋行き。そこでも人気のないゲームは安く買いたたかれる。最後には『クソゲー』という評価だけが残るのよ」
「そ、そんな」
ものすごくショックを受けた顔で梨佳は言った。
ていうか、言われる前にこれくらい自分で気付け。
「最後までプレイしてもらえないなんて。それじゃ何のためにこのゲームを作ったの?」
「だからさ。簡単な攻略情報が出るだけでも違うと思うのよ」
私はため息をつく。
「攻略失敗した時にその原因を教えてくれたりとか、攻略キャラのパラメーターが確認できたりとか。手がかりになることがないと難しすぎるよ」
それから付け加える。
「あと攻略キャラのフルネームくらい早い時点で明らかにしてほしい」
「それは本人に聞けば簡単に教えてくれるよ」
機械的に答えて、梨佳は難しい顔で黙り込んでしまった。
いや、あのさ。あのゲーム、リアルっぽさが優先され過ぎてて。
攻略対象に『あなたの名前は何ですか?』とか、英語の教科書の一番最初に載ってる不自然な会話みたいな質問、すごくしにくいんだけど。
「いやあ、さすが実際にプレイしてみた方の指摘は違いますね」
室長が新聞を畳んでこちらにやって来た。
「僕もシナリオやフローチャートの時にいろいろ意見を言ったんですが。なぜか僕と後醍醐くんの間では円滑なコミュニケーションが出来なくて。やっぱり平群さんは昔からの友人だし、後醍醐くんのことをよく分かってるんですね」
にこやかに微笑んでいるが。
アンタの後ろで、アンタの部下が『後醍醐って言わないでください!』とシャウトしてるよ。
見事なまでに意志の疎通が出来てない。そら恐ろしいほどである。
こういう環境がああいうゲームを作る。
そう思うとため息が止まらない私だった。




