30 会社というところ
「だいたいさ、梨佳」
ハーブティーを飲んでようやく少し調子が出て来た私は、梨佳に言う。
「何、あのエンド。何でシャイモラの中? 何でアバターシーンで終わり? トゥルーエンドなら現実で終わるべきでしょう」
「だって、せっかく『暁のシャイニングモラトリアム』の世界をしっかり作りこんだから、そこで終わりのエンドもあっていいかなって」
私はガックリする。やっぱり、そんな程度の理由なんだ。
そしてずっとシャイモラとしか言ってなかったから忘れかけてたけど、やっぱり変なタイトル。暁でシャイニングでモラトリアムっていったい何なのよ。
内容もトレジャーハンティングアドベンチャーで、暁とシャイニングはまだしもモラトリアム感はゼロだったんだけど。
「攻略スチール、どうなるの?」
「スチール? 別にフツウだよ?」
にっこり微笑む梨佳。
「グンガニルと咲のアバターのキスシーンになるよー」
や・っ・ぱ・り・か・い!!
「あのね梨佳」
「うん」
「私のシャイモラのアバター、男なんだけど」
「そうだね」
「そうだねじゃない。男同士のキスシーンがこの後ずっと攻略記録に残るんだけど」
「そうだね」
「だから、そうだねじゃなくて! 私はイヤなんだけど!」
思わず大きな声を出してしまった。
「やり直す。シャイモラのアバター作りのところからやり直す」
私は決意した。
「地味目で目立たなくて、でもそこそこ可愛い女の子のアバター作ってやり直す。もう一度トゥルーエンド見れば、データ上書きされるよね?」
「されるけど……」
梨佳はなぜか口ごもった。
「でもシャイモラが女の子アバターだと伊藤くんは……あっ」
急いで自分の口を塞ぐ梨佳。
「何でもない。いいよ、やり直しオッケー。じゃあ明日から残ってるデータで」
「待て」
私は梨佳の早口な言葉を止めた。
「何か、ものすっごく挙動不審なんだけど? 梨佳?」
「そ、そんなことないよ」
私の顔から目をそらす梨佳。
「梨佳? 私の目を見て同じことを言ってごらん?」
「い……言えるよ」
梨佳は目を泳がせながら言った。
「きょ、挙動不審じゃな、ない……よ?」
「残念だったわね、梨佳」
私は推理ゲームで犯人を追いつめる探偵のような口調でビシッと言った。
「あなたは嘘をつく時、必ず目を泳がせる! 高校で三年間クラスが同じだった私にその手は通じない。観念して罪を認めたまえ!」
「あああっスミマセン、私がやりましたああ!」
泣き崩れる……真似をする梨佳。
しまった。つい高校時代のノリになってしまった。
良かったよね、あの頃は気楽でさ。
「じゃなくて」
私は仕切り直した。
「情報があるならちゃんと教えて。私だってバイトとはいえスタッフなんだから」
「でもお」
不満そうな梨佳。
「教えちゃったら咲も面白くないし、私もつまんないよ。私が作ったゲームに咲がどんな反応するか、それが見たいんだもん」
「あのね、梨佳」
私は眉間を揉みながら言った。頭痛がしてくる。
「言わせてもらえば、まずそこが間違ってるよアンタは。いい? 梨佳。ここはどこ?」
「会社だよ」
「そうでしょ。会社って何をするところ?」
「仕事だけど」
「だよね。じゃあアンタの仕事は何?」
「面白いゲームを開発すること!」
梨佳は目をキラキラさせて言い切った。ちくしょー、うらやましいな。夢に破れた私にはまぶしすぎるぜ。
「今はとりあえず『マニアック』を完成させることかな」
と梨佳は付け加えた。
「そうよね。じゃ、その仕事のゴールはどこ?」
「ゴールって」
梨佳は目をぱちくりさせる。
「だから。『マニアック』をより完全に近い形で完成させる……」
「違うっ!」
私は、びしっと梨佳の鼻先に指を突き付けた。
「違うでしょ。あのね梨佳。会社っていうのは商品を売り出して初めて利益が出るの。ここでアンタが自分のゲームをいじくってるだけじゃ一円の利益も出ないの。むしろ開発にかかる費用は出て行く一方。今、この部署は一分一秒ごとに損失を出してるの。分かる?」
「損……」
ぼんやりと周りを見る梨佳。あんまり分かっていなさそうだ。
「例えばアンタや私や室長の人件費! この部屋の光熱費、ハードが食う電気代、紙代。いろいろあるでしょ?」
「そう言えば」
梨佳はハッとしたような顔になる。
そこへ私は言葉を重ねる。
「もし今のままだったらどうなると思う?」
「え。どうって……」
「利益は入らない。お金は出る一方。その結果、会社がつぶれるのよ! アンタや私の給料も出なくなるし、もちろんアンタの退職金もナシ。そして『マニアック』は永遠にお蔵入りになるのよ」
「そ、そんな」
梨佳はものすごくショックを受けたようだ。
「だからね」
私はうって変わって、優しい口調で説いて聞かせるように言った。
「今アンタのやるべきことは、ぐずぐず時間をかけてないで一日でも早くこのゲームを出荷できる形にすることなの。一本でも多く売れるようなものにしてね」
「そ、そうか」
梨佳は目が覚めたようにまばたきを何度もした。
「そうだよね。私、大事なことが分かってなかった。ハードの開発も途中だし、ハードの方が完成するまでのんびりやってればいいやって思ってた。それじゃダメだったのね」
私はうなずく。
「ありがとう咲。言われなかったら私、ずっとあのままだった。これからもいろいろ教えてね」
私の手を握る梨佳。私はそれを優しく握り返す。
「もちろんよ。友達でしょ」
微笑みあう私たち。
友情を再確認する……のはいいんだが、ちょっと待て。
今の私の身分、バイト。
何でバイトの私が、正社員の梨佳に仕事のイロハを教えてるんですかー?!
前の会社では中堅になりつつあったから、新人指導もよくやってたけどさ。
でも。梨佳、私と同い年。新人でも何でもない。
社会人として。いや少なくとも会社人として、今の設問に答えられないってどうなのー!?
おい、この会社。こういうことは新人研修の時点で叩きこんでおけよ!
ああ、今すごく前の会社が恋しい。
私の元カレを寝取った新人のヒメコちゃーん。アナタのこと、
『全然使えない』
とか、
『会社なめてるんじゃないの』
とか女子トイレで同期にグチってゴメンね。
ここの電波女より、アナタはよっぽど仕事出来たよ。
ガックリうなだれる私を前に。
「私、頑張る! 見ていてね咲!」
と梨佳は燃えているのだった……。




