3 「マニアック」に踏み込む
「ところで」
私はひとつだけ気になっていたことを聞いた。
「このゲームのタイトル、『マニアック』って……」
どうもそれだけが、無闇にイヤな予感をかき立てるのである。
「ああ。仮タイトルだから気にしないで」
梨佳は軽い。
「私は『エクセレント』って呼んでたんだけどね。開発の途中で上司がいやコレはマニアックだ絶対マニアックにしろって言いだして、それで社内呼称が『マニアック』になっちゃって」
なんかイヤな情報を聞いたような。
前情報はここまでで、私は巨大なゲーム機の中に押し込まれた。
まるで吸血鬼の棺桶のような箱の中に入るようになっている。この筐体さあ、問題あると思うよ、やっぱり。
梨佳が手際よく私の頭や手足に電極を取り付けてくれた。心電図検査でもするような感じだ。
やっぱり、既に市場に出回っているハードに比べて余りにも技術力が低いような……。
「内容的には普通よ。咲なら分かると思うけど。高校生の主人公がいろいろな人と出会いながら一年間を過ごす。選択によってパラメータ変動するから、それをコントロールしながらキャラの攻略を目指す。隠しキャラも含めて攻略可能キャラは十人いるわ。誰から始めてもOKよ」
「分かった」
私はうなずいた。その辺りまあテンプレなんだろう。開発タイトルがアヤシイので身構えていたが、そうでもなさそうだ。
「あ、バッドエンドあるから気を付けて」
ハイ!?
聞き返す暇もなく、梨佳は棺桶……ではなく筐体の蓋を閉めてしまった。
視界が暗くなる。それと同時にクラリと気が遠くなるような感覚。貧血の時の眩暈に似ている。
すぐにまた視界が明るくなり、まるでヨーロッパの宮殿の一室のような豪華な部屋に私はいた。
目の前にウィンドウが出ている。
「咲ー、聞こえるー?」
どこかから梨佳の声がした。
「こっちからモニターしてるからね。とりあえずキャラデータ作って」
キャラの名前を入力したり、外見情報を作ったりする作業があるようだ。
アバターはゲーム内の自分、思い切り凝りたいところだが……。
梨佳に見られている。そして、このプレイデータはここの会社の社内情報としていろいろな人に見られる。
人生に敗れた二十八歳女が、あまりにキラキラしたデータを作るのはイタすぎる、哀しすぎる。
フツウにしとこう……。
名前は『山田サキ』。容姿は適当に選んで、ごく普通にしておいた。
これでよろしいですか、と聞いてくるゲームに『OK』と返答。
ついに私は『マニアック』の世界に足を踏み入れた。
「何コレ」
私は呆然とした。
ゲームにインした途端。私がいる場所は、先程までの宮殿のような美しい部屋とは大違い。
殺風景な打ちっ放しの壁とフローリングむき出しの床の上に、味も素っ気もないベッドが一台あるだけ。あと、床の上に段ボールがあってその中に学校の制服らしきものが入ってる。
「あ、家具とか服とかはゲーム内でバイトとかすると買えるからー。やりこみ要素作ってみたの」
嬉しそうな梨佳の声が響くが。
ここからですか!? 服すら制服しかないの?! デートイベントとかどうするの?!
やりこみ要素というか、スタートがマイナスすぎるんだけど。
もうちょっとさあ。ゲームの中でしか味わえない夢が欲しいというかさあ。
ゲームがVRで、リアルだから余計に打ちひしがれるんだけど。
夢いっぱいの乙女ゲームというより、貧乏脱出ゲームにしか見えないよ梨佳。
この瞬間、私はこのゲームが『マニアック』と名付けられた理由の片鱗を見た気がした。
だが、それはほんの序の口に過ぎなかったのだ。