29 プレイ解析第4回
目を開けると棺桶の中だった。梨佳が蓋を開けて私を助け起こしてくれる。
リアルに帰ってくるたび感じる、この浮遊するような現実感のなさ。ゲーム内にリアル感がありすぎるため、戻ってきた時の違和感が激しい。
これ……やっぱ問題なんじゃ。
ソフトだけじゃなく、ハードも問題なんじゃ。
この前の健康診断の結果は問題なしだったけど、長期的に体に何か影響がありそうでコワイです。
「咲。おつかれさま」
微笑みかけてくれる梨佳の腕を、私はがしっとつかんだ。
「梨佳」
「何? どうしたの、気分でも悪い?」
「違う」
私は言った。これだけは、今すぐ確かめないと。
「トゥルーエンドって何」
「え?」
きょとんとする梨佳。
「トゥルーエンドはトゥルーエンドだけど」
「いや、マスターの時はグッドエンドだったよね」
「うん」
何を当たり前のことを、と言うように梨佳はアッサリうなずいた。
「各キャラ、トゥルーエンドとグッドエンド、最低二種類のエンドがあるよー。グッドエンドが何種類かあるキャラもあるけど」
やっぱりか!!!
明らかにされた真実に私は衝撃を受け、その場でへたり込んでしまった。
確か、このゲームには十人の攻略対象がいると梨佳は言っていたはず。
つまり最低でも十かける二……二十種類のエンドがあると。
その上バッドエンドやノーマルエンド、グッドエンドが複数あるキャラもいるということは。
フルコンプへの道、どれだけ遠いんだ?!
「梨佳」
へたりこんだ私の声は、ものすごく深刻だった。
「達成率、今どのくらい?」
「どうしたの、急に」
「いいから教えて。私の達成率、今どのくらい?」
「えーとね」
梨佳は可愛く小首をかしげる。
「さっきまで三・二パーセントくらいだったけど。トゥルーエンドひとつ見たから、今は五パーセントくらいまで上がってるんじゃないかな?」
本気で眩暈がした。
「咲?! 咲、大丈夫?!」
梨佳の声が遠くで聞こえるが。
大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。
この一周する度にめちゃめちゃ疲れるゲームを、いったい私に何周やれというのだ。
終わった頃には精神的に老婆になっていそうな気がする。
つうか、肉体的にも絞り尽くされそうな気がする……。
「咲、しっかりして」
梨佳の声がだんだん遠ざかっていく。
いいの。もういいの梨佳。これでもう、何もかも終わるから。
このまま私を逝かせて。
もう私は充分やったから……。
「平群さん。僕が分かりますか」
不意に耳元で低い声がして、腰にがっしりした手が添えられた感触で我に返る。
「ソファーまで歩けますか」
室長ののっぺりした顔が目の前にあった。室長、いたのかい。
「後醍醐くん、救急車を呼んで」
「はいっ」
今回ばかりは『後醍醐って呼ばないで』とは言わず、梨佳が泣きそうな声で返事した。
ちょっと待て。救急車?
「立てないかな。ごめんなさい平群さん、抱き上げますよ」
抱き上げる?
私はものすごい勢いで現実感を取り戻し、がばりと身を起こした。
「だ、大丈夫です。大丈夫です、意識もしっかりしてます」
「無理しないで。気にしないでください、力はそれなりにあります」
いやいやいやいや。
二十八にもなって知り合いにリアルお姫様抱っこされるとか、恥ずかしすぎるから。
そういうのは乙女な夢の中だけでいいから!
「ホント、大丈夫です。あのう、ダイブ直後でちょっと現実感がふわーっとしただけなので。もう大丈夫です、ホント大丈夫です。救急車もいりません」
「咲、遠慮しないで」
梨佳が心配そうに言う。
「心配だよ。病院行こう?」
いや。今、逝きそうになったのお前のせい。
「大丈夫かなあ。僕が誰だか分かりますか」
「那須野室長です」
「彼女は?」
「高校時代からの友人の、後醍醐梨佳さんです」
「あなたの名前は?」
「平群咲、二十八歳、アルバイトです」
「うーん。とりあえず大丈夫そうかなあ」
室長は首をひねった。
「でも少し横になりましょう。そこにソファーがありますから。後でホケカンにも行きましょうね」
結局私は室長に付き添われ、腰とか支えられながらソファーまでのいたたまれない五メートルをフラフラと歩いた。
恥すぎる。マジ逝きたいです。
靴を脱いでソファーに横になると、梨佳が毛布を持って来て私の体にかけてくれる。
実生活では優しくて気の利く梨佳なのに、どうして頭の中はあんなにもパラダイスなのか。
「ハードに問題が」
「開発途中だからなあ」
「ダイブの影響が前から」
「東丸くんに話を上げてみよう」
とか、二人が話しているのが切れ切れに聞こえて来るが。
ウン。確かにハードについても見直してほしいんだけど、いろいろと根本的に。
でもアンタたちが作ったソフトについても反省してほしいのね、私としては。
「咲。飲める?」
しばらくして、梨佳が温かいハーブティーを作って持って来てくれた。
ラベンダーの優しい香りがする。私はありがたくそれをいただいた。
「あのね、梨佳」
目の前で心配そうに私を見ている梨佳に問いかけてみる。
「教えてほしいんだけど。あのゲーム、何種類くらいエンドがあるの?」
「え?」
梨佳は意外そうに、パッチリした目をまばたきした。
それから。
「えーと。いくつだったかしら。確か百……八十……」
吹きそうになった。
「多い! 多いよ梨佳! 何をどうしたらそんなことになるの!」
「え? ああ大丈夫、ほとんどバッドエンドとノーマルエンドだから」
いやオカシイから。乙女ゲーとしてそれオカシイから。
「後醍醐くんが調子に乗って、犬エンドを二十種類以上作ったりしましたからね」
室長が自分の席で読んでいた新聞を置き、にこやかに微笑む。
梨佳がまた『後醍醐って……』と叫んだが、今の言葉が不穏すぎてそんなの耳に入りません。
犬エンドってナニ?! そして二十種類以上もあるってどういうこと!
「部活エンドも相当作りましたよね」
「だって、頑張った人にはそれなりの見返りを用意したいじゃないですか」
とか言っている梨佳。
「毎回同じノーマルエンドじゃ面白くも何ともないでしょう? せっかくVRなんですから、思いっきり楽しんだ仮想現実の後にはそれなりのエンドがないとダメだと思うんですよ」
力いっぱい主張しているが、それはきっと思いっきり的外れなことに違いない。
話の全貌はつかめないまでも。そのことだけは確信できる私なのだった。




