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28 伊藤くん攻略 トゥルーエンド

 その夜。

 ドキドキしながらシャイモラにダイブする。

 グンガニルさんというか伊藤くんは、いつもの待ち合わせ場所で切株に座って待っていた。


「グンガニルさん」

 声をかける。MMO内では知り合いでもリアルネームで呼ばないのが礼儀だけど。

 今夜ばかりは、それが何だかもどかしい。

「サキーンさん」

 グンガニルさんが私に気付き、こちらを振り返って立ち上がる。

 何だかいつもと違う、カクカクした動きだ。


「今日、どこ行く?」

 と声をかけてみたが何だかコレ、デートみたいじゃない?

 何だこの緊張感。毎度のことだが、このリアル感が負荷かかるというか緊張ハンパないというか。

 それがVRゲームの特性なのかもしれないけど、恋愛って精神に負担かかるモノなんだなーというのをビシビシ感じるというか。


「あ、あの」

 グンガニルさんは下を向いて、もじもじしながら言った。

 いかん。動きが完全に伊藤くんだ。MMO空間のキラキラアバターでも、伊藤くんにしか見えなくなってきた。

「きょ、きょ、今日、ありがとう」

「う、うん。受け取ってくれてありがとう」

 つられてモジモジする私。何すか、この甘酸っぱい空間。


「お、俺。家族から以外で他意のないチョコレートって初めてもらったから、嬉しかった」

「そう……」

 って、一瞬流しそうになったが、他意のあるチョコレートってむしろ何。


「ほら、俺ブサイクだし、トロいから小さい時から女子にいじめられてて」

 説明してくれる伊藤くん。

「義理とか友とか分かってても、もらったら嬉しかったんだけど。開けてみたら泥が入ってたりとか、それで次の日みんなに大笑いされたりとか、そんなことばっかりだったから。今日、家に帰って開けてみたら本当にチョコレートで異物とかも入ってなくて、マジ感動した」


 いやチョット待って。告白が悲しすぎるから。

 そんな感動のされ方されても対応に困るから。


「ありがとう、サキーンさん。いや、山田さん。あのう、これから『サキりん』って呼んでもいいかな?」

 サキリン……それは……。

 私が一度作って廃棄した、女型アバターと同じ名前……。

 いや、あの時はそれでいいやって思ったんだけど。

 口に出されると急に痛々しく感じるのはなぜだろうか。


 私が黙っていると伊藤くんはまたそわそわした顔になり、

「すみません、ごめんなさい、忘れて下さい。調子乗ってました、ホントすいません」

 とか言い出した。いや、そう言われるとさあ。


「あ、いい。全然いい。サキりんでいいです」

 って言わなきゃいけなくなるじゃないかよー。流れ的に。

 伊藤くんの目がキラキラっと輝いた。

「ホ、本当に?」

「本当に」

 うなずく私。

「じゃ、ちょっと呼んでみるね。さ……サキりん」

 語尾にハートマークついとるー。絶対についとるー。


「は、はい」

「お、俺のことはケンケンって呼んでくれないかな」

 は?

「ほら俺、名前が健太だから」

 そんな名前だったのかい! 何でこのゲーム、毎度毎度攻略対象の名前情報が出ないんだよ!


「だ、ダメかな」

 いちいち落ち込まないで下さい。断れないじゃないですか。

「分かった。け……ケンケン」


「な、何?!」

 再び目を輝かせて食いつかんばかりに顔を上げる伊藤くん。

 サキりん・ケンケンって、バカップル全開なんですけど。

 痛い、痛すぎる。実年齢二十八歳にはこのノリが痛すぎる……っ。

 ついでに寒いよ。凍えるように寒いよっ。


「えーと。呼んでみただけ」

「そ、そう。じゃあ俺ももう一回呼んでみるね。サキりん」

 伊藤くんが舞い上がりすぎてて、テンションについていけん。


「さ、サキりん」

「な、何。け……ケンケン」

 いかん。つい目をそらしてしまう。相手を直視できん。

 しかしそれを恥らっていると誤解したのか、伊藤くんは更にプッシュしてきた。

「あ、あの、念のために確認するけど。きょ、今日のアレは俺に告白したってことでいいんだよね?!」

「うん、まあ……」

「俺と付き合いたいでいいんだよねっ?!」

「うん、まあ」


 おかしい。バレンタインイベント終了時(ゲーム内時間で数時間前)にはあんなに高揚していたのに。

 なぜ改めて確認されるとなんだか自信がなくなってくるのか。


「じゃ、今、だ、だだだ、抱きしめてもいいですかっ!」

 と言うなり、伊藤くんはガバッと私のことを抱きしめてきた。

 痛い痛い痛い、伊藤くん、力強すぎる。


 だけれども革の防具の匂いとか、男の人の汗のにおいとか。

 そんなものに何だかすごくドキドキしてしまったり。

 私ってチョロイな。においに弱いのか? スキンシップに弱いのか?


 ……あれ。ちょっと待て。

 今、この空間はシャイモラ。ということは。

 私のアバターは山田サキじゃなくて、サキーン。

 つまり、女じゃなく男。

 美少年には作っているが、性別男。


 あれあれあれ?

 いや、私の主観的には私=女、伊藤くん=男、だけども。

 傍目から見たら、これ男同士の抱擁シーンじゃないですか?

 私、BLあんまり得意じゃないんですけども。

 攻略スチールとかどうなるのコレ。おい梨佳。アンタ何がやりたいの?


「ふがあ」

 伊藤くんは耳元で荒く鼻息を鳴らす。

「い、いい。今度は本物のサキりんを抱きしめたい」


 はい、ええ、まあ。そういう目的のゲームなんでご自由に。と思うのだが。

 いや、それより今の状況がヘンじゃね?


「あの、あのね。俺、ずっといじめられてたからリアルの女の子が怖くて。いや女の子は好きなんだけど、でも怖いって言うか。だからリアルだとサキりんともうまくしゃべれなくて。シャイモラのサキりんは男キャラだから、中身が女の子だって分かっても何とかしゃべれたんだけど」


 そ、そうだったんですか。

 あの異様な怯えようはそういうわけだったのね。

 リアル女子苦手がトラウマレベルだったようである。


「だ、だからその。慣れるまでまだしばらくリアルではこんなこと出来ないと思うんだけど。で、でも、サキりんのことは愛してるから。い、今、キ、キスしてもいいですかっ?」


 鼻息がいっそう荒くなった。

 少し汗ばんで目を血走らせた、グンガニルさんのきれいなお顔が近付いてくる。

 ちょ、興奮しすぎ。軽く引くんだけど。

 

 けど、ここで拒否ったら多分ハッピーエンドを迎えられない。

 こういうエンドは初めてだし、思い切って行くか? 別に初めてってわけでもないんだし、ゲームだし。でも他のエンドもこんなだったら、軽くじゃなくてかなり引くぞ。


 私は目をつぶる。

 唇に唇が重なる感触が。

 むさぼるように荒々しいキス。

 あ、リアル感スゴイ。


 ……でも男同士のキスシーンなんだよなあ。


 そんなことを考えているうち、目をつぶったまぶたの裏に『True End』という文字が浮かび上がってきて。

 エンディング曲とスタッフロールの乱舞と共に、私の意識は遠くなっていった。


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