26 クリスマスイベントの顚末
通い慣れた喫茶店への道をたどる。
グンガニルさん……どんな人だろう。どうしてもシャイモラの中のキラキライケメンが浮かんできてしまうのだが。
いやいや、私だってカワイイ系美少年と見せかけて地味系女子高生。
MMOアバターと現実のプレイヤーの姿が一致なんかするわけもなく。
って、この『リアル』も実はゲーム内なんだけど。この入れ子構造、ホント面倒くさいな。
店が見えてくると『暁のシャイニングモラトリアム』のパッケージを取り出し、人に見えるように持って歩く。
よく考えると、これ結構不審人物じゃない? 知らん人が見たら何やってんのって感じ。
まあ、いいけどさゲームだから。MMOですらない閉じた世界のことだから。
普段は冬設定でもそんなに寒いと思うことはないのだが、この夜は妙に寒く感じた。手袋の中の指先が凍えるようだ。
と思ったら雪がちらつき始めた。ちょっとイキナリ感もあるが、雰囲気は盛り上がってきている。
梨佳、GJと言っておこう。
電柱の陰に大きな人影があった。
その手にシャイモラのパッケージが見える。
「グンガニルさん?」
声をかけてみる。リアルで口に出すと恥ずかしいなあ……。
「あの、サキーンです」
それに応えて人影が動く。
街灯の明かりに照らされた、その人の顔は。
「山田さん……?」
「伊藤くん?」
伊藤くんの声が震えている。
私も固まって動けない。
嘘。伊藤くんが、グンガニルさん。
待て。落ち着け私。
これはベタと言えばベタすぎるほどの展開だ。
むしろベタすぎて考慮に入れていなかったほどの鉄板展開だ。
声だって……。いや、伊藤くんはいつも声裏返ってるし、グンガニルさんは落ち着いたお素敵声だったから、分かんないな。似てると言えば似てるかもしれないが。
そして伊藤くんの奇行にひたすら悩まされる今回のルートにおいて、優しく落ち着きあるグンガニルさんは唯一の癒しであった。だから二人が同一人物とか思いもしなかった。
しかし、ここに至っては間違いようもない。
これは別人だと思ってた二人が実は同じ人でしたよーという、『あしながおじさん』の時代から連綿と受け継がれる少女の夢展開である!
『あしながおじさん』はよぼよぼのオッサンと思ってた相手が若々しいイケメンセレブだったわけだけどね。今回は、キラキライケメンキャラの中の人がブヨ気味ヲタ男子だったわけだけどね。
「サキーンさんが、山田さんだったなんて」
ガチでショックを受けているらしい伊藤くんに比べれば私は割と冷静だ、と思う。
NPCってカワイソウだね。現実感がすごくてキャラにも感情移入しちゃうだけに、逆にそう思うよ。
「そ、そんな!」
愕然とした顔で叫び、それから背中を向けてよたよたと走り去る伊藤くん。
おい! ここに来てまだ捕獲系続ける気か、梨佳。いい加減シツコイよ、このパターン!
「待って! 逃げないで伊藤くん!」
雪の中での追いかけっこは、すぐに息が切れてくる。
これは、またさあ。
マスターの時のクリスマスイベントとはずいぶん違う体力系だなあ!
いや、実際の体は棺桶の中で寝てるだけだけど。
なんか乳酸だけはどんどん出てる気がするよ?
「待って」
やっと捕まえた。積もりだした雪に足を取られて、伊藤くんがあまり速く走れなかったのが幸いした。
「ひいい」
叫び声を上げる伊藤くん。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。俺なんかがグンガニルでごめんなさい」
顔を両腕で隠して、うずくまって謝り続ける。
その姿を見ていると、何でだか悲しくなってくる。
「何で謝るの」
私は言った。
「私こそ、女だって隠しててゴメン」
伊藤くんは『へ?』と間抜けな声で呟いて、少しだけ腕を下げる。
うん。何で気が付かなかったかな。
私を見ると脱兎のごとく逃げていく伊藤くんと、どんなモンスターにも罠にも冷静に対処するグンガニルさんは、そりゃあイメージ違ったけど。
「いつも私のこと助けてくれてありがとう。ゲームの中でもリアルでも、私がピンチの時はいつでも助けてくれたよね」
ゲームの中でピンチになった時も。体育祭の時も。
伊藤くんは自分が大変な目に遭ったって、仲間のピンチを助けてくれる人だったのだ。
「ちゃんとそのお礼が言いたかった。会えて良かった」
「お……俺」
伊藤くんは小さな声で言った。
あ。うるんでるけど、やっぱりグンガニルさんの声だ。
「山田さん、怒ってると思ってた」
「え。何で」
「だって俺のせいでみんなにからかわれたし、その後も突き飛ばしちゃったし、パンツ見えちゃったし」
ここでパンツ事件来たか!
気にしてなかったのに照れるじゃないかよ。あれは伊藤くん得イベントだったか!
「えーと。気にしてないです」
正確に言えば、今パンツのことを言われるまでは気にしていなかった。
「ホ、ホントに……?」
けど、肉に埋もれた細目でそんなすがるように言われちゃうと。
「ホント」
としか言えないじゃないか。
それから私たちは喫茶店に戻り、大して話もせず黙ってマスターのいれたコーヒーを飲み。
ちょっとだけシャイモラの話をしながら、雪の中を並んで歩いた。
伊藤くんは、
「送ってく。あ、いや、ストーカーじゃないです。どうしよう、やめた方がいいのかな。でも夜道だし、どっちが、そのう」
と、だいぶ混乱していたが、ありがたく送ってもらうことにした。
そんなクリスマスイベントだった。




