24 伊藤くん攻略 こじれる
さて、そんなイベントを経て私と伊藤くんの仲がどうなったかというと。
お姫様抱っこの件でクラスメートのみならずみんなからからかわれまくった伊藤くんは、前よりも私に距離を置くようになってしまいましたとさ……。
私がいると授業開始ギリギリまで教室にすら入って来ないという徹底ぶり。
お礼を言おうとしても、
「ふぐう」
とか言って、真っ赤な顔で走り去ってしまう。
回避能力MAXのモンスター状態に逆戻りですよ。
これ、ゲームとしておかしくね?
イベント消化したのに逆に避けられるってヘンじゃね?
あ、でもマスターの時もこんなのあったか。
告白した後、マスターの態度が冷たくなっちゃって大分イライラした。
もしかして梨佳、こういう展開好きなのか?
マスタールートのことを考慮に入れると、これは意識されてるってことなのだろうか。
恋愛対象に入っている?
攻略的に進歩してるのか?
しかしですよ。百歩譲ってそうだとしましょう。
異性としてバリバリ意識されていると仮定したとして。
私の周囲十メートル以内に授業時間以外決して近付こうとしない相手を、どうやって落とせと?
やはり飛び道具か。それしかないのか。それとも罠か。標的の通る道筋を解析しそこに有効な罠を設置。って完全に思考がシャイモラに毒されている。
つうか、乙女ゲーの中でトレジャーハンティングアドベンチャーMMORPGを延々とやっていると、もう自分が何をしてるんだか目的意識が曖昧になってくる。
私の使命は伊藤くんと恋愛することなのか、それとも彼を捕獲してモンスター市場に売り出すことなのか、もうかなり見失っているのですよ。
そして、そのシャイモラの方でも。
「グンガニルさん、危ない!」
飛びかかってくる毒ヘビモンスターを、刀の一閃で打ち落とす私。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。すみません。ちょっとボーっとしていて」
いつも強くて冷静なグンガニルさんが、最近何だかこんなことが多い。
「体調でも悪いんですか? 季節の変わり目だし、無理しないで今日はもう落ちた方がいいですよ」
「あ、いえ。体は全然元気なんです。ちょっと学校でいろいろあって」
ため息をつくグンガニルさん。
「大丈夫ですか?」
いい人なグンガニルさんに、人間関係の悩みとか似合わなく思えるけど。
この前も自信喪失気味なことを語っていたし、この人にもいろいろあるのかな。
「あの。僕で力になれることだったら、相談に乗りますよ」
とか言ってみる私。グンガニルさんともっと親しくなりたいという下心半分、本当に心配なの半分。
「ありがとう、サキーンさん」
グンガニルさんは力なく笑った。
「でも、もう少し自分で頑張ってみます」
そんなこんなで学校とシャイモラの両輪生活を続けている内に、ゲーム内時間は進行していく。
文化祭ではこれといってイベントなし。そしてクリスマスが近付いてきた。
クリスマス……どうしよう。
ルートに乗っているのなら伊藤くんを何とかおびき寄せて誘い出し、罠にかけて捕獲……じゃなくて。デート展開に持ち込んでクリスマスイベントを消化し好感度を更に上げ、幸せなエンドに向けて布石を固めたいところだ。
しかし一方で、クリスマス勤務をすればその日は時給五パーセントアップという美味しい話もバイト先から提示されているのである。万年貧乏に苦しむように出来ているこのゲーム、伊藤くん捕獲が難しいのならノータイムでバイトの方を選択したいところなのだが。
まあ『マニアック』は乙女ゲーなのだから、やはり攻略対象を落とすことを優先するべきであろう。
ということで、伊藤くんを誘ってみますよ。
そのためにはまず獲物の行動を読み、よく通る場所に罠を仕掛けるべし!
「伊藤くーん。ちょっと待ってよ」
「サキが話あるんだってー」
休み時間は私から逃れるために必ず教室から出て行く。その習性を利用して、帰ってきたところを女友達と連携して包囲する作戦!
退路を断たれ、目を泳がせ逃げ場を探す伊藤くん。
獲物に逃げる隙を与えてはならない。素早く攻撃を仕掛けよ!
「伊藤くん。体育祭の時のお礼がずっと出来てなかったから、二人で話したいの。クリスマスイブ、ヒマかな……?」
燃え上がれ私の女子力。ポテンシャルは少ないが、限界まで燃やし尽くして今、伊藤くんに届け! 魂のバーニングハートぉぉぉ!! この一撃を、受け止めろおおお!
「もし、会えたら。私、とっても嬉しい」
きらめく(多分)瞳に想いを込めてにじり寄る私。
今だ、トドメの一撃を。敵と相対したら、反撃の隙を与えず確実に息の根を止める。それがシャイモラで学んだ勝利の極意なり!
「伊藤くん。私、伊藤くんともっと仲良くなりたい」
しかし。
それまで私の繰り出す連続攻撃に顔を赤くして黙って耐えていた伊藤くんがその瞬間、反撃に出た!
「うおおおおお! む、無理ですうう!!」
そして私に向かって繰り出される怒濤の張り手!
それをヒラリとよける……には、本ゲーム内ではパラ『素早さ』が十分上がっておらず。
痛恨の一撃!
山田サキは攻撃をモロに受けた!!
後ろに向けてすっ転がる私。
パンツ丸出しで引っくり返る。
ゲーム内とはいえ、かなり恥ずかしい。
「ご、ごごごめんなさい!!」
真っ赤にしていた顔を今度は真っ青に変えて、伊藤くんはそのまま背中を向けて教室を飛び出して行き、その日は戻って来なかった。




