23 伊藤くん攻略 体育祭イベント
その後もシャイモラ内でのグンガニルさんとの交流は楽しく続き、何となく親密になれたなーという雰囲気が『マニアック』攻略ライフを充実させてくれる。
一方ゲーム内リアル(面倒くさい)での本命、伊藤くん攻略の方も何となく進んでいるような。
何と伊藤くんが少しだけ積極的に、二人三脚の練習をしてくれるようになったのだ。
少なくとも私の顔を見ただけで逃げていくことはなくなった。
「練習しよ?」
と声をかけると黙ってついて来て、互いの足を紐で縛りつける。
と言っても、それ以外の部分が触れるとアウトなんだけど。
肩組もうとしてもダメ。腕が触れてもダメ。
ちょっとでも当たってしまうと、すごい勢いで逃げ出そうとして二人してコケる。そして生傷が増えるという悪循環に。
なので、倦怠期の夫婦のように出来るだけ体が触れないように互いに身をそらせながら走るんだけど。
走りにくい。
そして伊藤くんがブヨっていて専有面積が広いので、これにぶつからないように走るってかなりの無理ゲー。
そういうゲームなのか? そういうミニゲームなのか、梨佳?
アイツのセンス特殊すぎて狙ってやってるのか、何も考えてなかった結果たまたまそうなっちゃってるのか判断がつかないよ。
それでもまあ、顔見ただけで逃走されるよりはマシか。
マスターの時も、いつどうやって好感度パラが上がったのか本当に謎だったからね。今回は態度が軟化しているのでパラ変化が分かるだけマシなのかもしれない。
そして、ついに体育祭当日!
『ラブラブ二人三脚リレー!』はお弁当タイムも終わった後半のプログラム。
走る順番はくじで決めたのだが、何と私と伊藤くんペアは堂々のアンカーを引き当てた。
いや、それどうよ。
現状を鑑みて、それヤバいよ。
戦略的に良くないのではないか、二番手か三番手が適当ではないかとみんなに相談してみたのだが。
「大丈夫、みんな同じだよー」
「どの順番で走っても同じだって」
とアンカーを走りたくないヤツらに徹底的に封殺されてしまい、くじで決まったとおりに走ることに。ヤダなあ、気が重い。
所詮ゲームだから、たとえビリになったとしてもクラスのみんなから責められたりすることはないと思うが。思うが……このゲームだからな。油断できないな。
クラスでつまはじきにされてイジメにあうとかいうエンドはやめてもらいたい。心から願う。
とか考えている内に出番が。
入場門に並んで入場。それぞれ所定の位置に着き、実行委員に足の紐を結んでもらう。これは不正のないようにとのことだが、いつもよりきつめに結ばれて何だか恥ずかしい。
「頑張ろうね」
と声をかけたら、目をそらされた。
うーん。せめて顔をまっすぐに見て会話がしたいんだけど。いや失礼ながら見とれるようなお顔じゃないけどさ、人間としてやはり目と目を合わせて会話するって大切だと思うのね。
スタートの号砲が鳴る。一番手のクラスメートが走り始めた。
この二人は付き合ってはいないが仲のいい友達なので、普通に息が合っている。
あれでいいのよ、あれで。
二位でたすきをリレー。続いては、このリレーの選手に選ばれてから互いを意識するようになったらしい微妙な時期のお二人。
どことなくぎこちない足運びが微笑ましい。こういうのもいいよね。
梨佳……本シナリオにはこういうエピソードを入れてもらえないかな。モブにやらせてないでさあ。
ストーリーはベタでいいのよ。むしろベタこそ正義。乙女ゲーに意外な展開とかそんなに求めないから。
ベタを自分で体験できる、それこそが乙女ゲーの楽しみじゃない?
僅差で二位を維持。一クラスだけ大きく遅れているが、後の三クラスは結構接戦だ。一位と私たちのクラスも、そんなに離れてはいない。
第三走者は私の女友達(NPC)。この子は負けず嫌いの体育系娘なのだが……たすきをかけると同時に、
「うおっしゃあああ! やるぜえええ!」
と私たちのところまで聞こえる叫び声をお発しになられた。
女友達……NPCとはいえ、それはどうかと。女子高ではまあ聞きなれた雄叫びだが、ここ共学設定だから。女子高卒業して一般社会に戻ってから思ったのだけど、共学出身の女子というのは女らしくてオヤジくさい行動はとらないのよ。
梨佳さん、卒業して十年も経つのだからそろそろそのことに気付いて。
私ら女子高出身者は、確実に女子としてのスペックが共学出身者に劣っていることを。
そして女子校の常識は社会の常識ではないことを。
そう考えている間に、女友達がコンビの男子を引きずるばかりの怒濤の勢いでこちらに向かって爆走してきた。
「サキ、受け取れえ、私の魂のたすきを!」
とか、もう完全に女子校ノリだな。
というわけで魂のたすきを受け取り、一位のクラスとほぼ同時にスタート!
「伊藤くん、頑張ろうね!」
「ふが」
練習の甲斐あってか、私たちは何とか順調に進んでいく。『イチ、ニ、イチ、ニ』とかけ声をかけるのは私の役だが。伊藤くんは基本しゃべらないので。
前のペアに近付く。並ぶ。これは……追い越し出来るかも?
ここは、頑張らなければ女じゃない!
「伊藤くん、ペース上げよう」
叫んで足取りを速める。その時。
追い越そうとした前のペアが、私たちの方に向かって大きくぶれた。
男子の方が、横に並びかけた私に思いっきりぶつかる。
私は突き飛ばされ、伊藤くんと結んだ足が絡まって不様にグラウンドに転ぶ。
「あ、悪ィ~」
なんてせせら笑って走り去っていく一位ペア。絶対わざとだ、今の。
「ぶふ、山田さん……」
伊藤くんが手を差し伸べてくれる。その手を取って、私は立ち上がった。
右足首に激痛が走る。ヤバい、今ひねった?
「大丈夫?」
私に声をかけてくれる伊藤くん。伊藤くんから、こんなにマトモな言葉をかけてもらったのは初めてだと思う。名前呼ばれて『大丈夫?』って言われただけだけどね。
「大丈夫。走れるから」
そう言って私は一歩を踏み出す。
ダメだ、頑張らなきゃ。でも。
二、三歩でまた、立ち止まってしまった。痛い。足が痛くて、引きずるようにしか動かせない。
三位のペアにも四位のペアにも抜かされた。私たち、もう最下位だ。
「山田さん。ケガした?」
伊藤くんが言った。私は首を横に振る。
「大丈夫。最後まで頑張ろう」
「ぶふっ、む、無理しちゃダメだよ」
伊藤くんはそう言ってかがみこむと、私たちの足を結び付けている紐をサッとほどいた。
あ、ダメ。そんなことしたら棄権になっちゃう。
抗議するヒマもなく、伊藤くんはさっと手を差し伸べて私を抱き上げた!
まさかのお姫様抱っこ!!
「ふー、ぶふー!」
そのまま伊藤くんは顔を真っ赤にして、鼻息を荒くしながらよたよたと走り始めた。
三位のペアを抜かし、二位のペアも抜かし、ゴールテープ直前で一位のペアも振り切った!
……いや、もう二人三脚じゃないから着外だけどね。
伊藤くんはそこで停まらなかった。そのまままっすぐ走り続けて、救護所に飛びこんだ。
「ぶふ、ケガ人、です……」
保健の先生に私を引き渡すと疲労困憊したらしく、その場にクタクタと座り込んでしまう。
「あの。ありがとう、伊藤くん」
私は離れる前に彼に声をかけた。
「あの、とってもカッコ良かったよ」
「ひょごお!」
そう伊藤くんは叫んで、あたふたと逃げて行ってしまった。
あのう。伊藤くんこそ無理しないで。どこかで倒れていないといいんだけど。




