2 VR乙女ゲーム
契約は簡単に済んだ。
開発内容について他人に洩らさないこととか一般的な注意を受け、契約内容を確認してハンコを押す。私の身分はアルバイト扱い。コンプ報酬の五百万とは別に時給七百五十円が支給される。これで当座の食費くらいは何とかなるか。
人事担当の人に挨拶した後、紹介してくれた友人の梨佳に連れられ彼女の研究室に向かう。
ゲームはそこでしか出来ないようになっているそうだ。なので、私は当分ここに通って毎日ゲームにいそしむことになる。
「ありがとねー。咲が引き受けてくれて良かったよ」
梨佳は嬉しそうだった。
「私が全力で開発したゲームなの。楽しんでもらえるといいなあ」
その顔を見て私の胸はうずく。無邪気に仕事を楽しんでいる彼女が妬ましい。
そんな風に思う自分が醜いのは分かっている。でも全てを失くした今の私には、何かを持っている人がただうらやましく憎らしい。
私は梨佳の顔から目をそらす。お金のためだ。そんな気持ちは隠しておかなくては。
でも。純粋に私を友だちだと思ってくれている梨佳の顔をもうまっすぐに見られない自分が情けなかった。
「はーい。これが開発名『マニアック』のハードでーす」
部屋に入るなり梨佳は明るく言った。
私は目を丸くする。
「こ、これ……?!」
それは私の想像を大きく超えていた。
まず、市販のハードではない。
最近はコンピューターゲームから遠ざかっていた私であるが、それでも一般常識くらいはある。
これは、現在市販されているいかなるゲームのハードとも違う。
そもそも軽量化・コンパクト化が進んでいるこの時代でなくても。
ビジネスホテルのシングルルームほどの室内いっぱいに広がるゲーム機というのはナイだろう、と。
そう私の常識が全力で告げるのである。
「梨佳。これって」
「うん。咲、VRMMOは知ってるよね」
「まあ、名前くらいは」
プレイしたことはないが。
数年前から爆発的にヒットしているゲームジャンル。技術の進歩により、ゲーム世界そのものに入り込んだかのような感覚を楽しめるという体感重視のゲームだ。ヒットしているタイトルはほとんどRPG。
仕事が忙しかったのもあるし、自分の興味のあるジャンルでもなかったから食指は動かなかったけど。
そう言えば元カレはちょっとやっていたっけ。悲しいことを思い出してしまった。
慌てて注意を梨佳に戻す。
「うちの会社でもそれを開発しようと思って。市場に出ているものを超えた、よりアグレッシブなゲームを」
「ハードから!?」
「うん。そう」
アッサリおっしゃいますが。
今、目の前にどどーんと置いてある巨大機械の存在感を鑑みるにそれは既に失敗している気がしてたまらない。だって市販品のVRゲームのハードって確か、ヘルメットみたいなのを頭にかぶるだけだったと思うんだけど。
「まあ、ハードはまだまだ開発途上なんだけど」
「うん、わかるよ」
「私はソフトの方を受け持ってるのね」
私の皮肉を梨佳は天然でスルーした。そうだ、コイツはこういうヤツだった。
「今までにないVRゲームをって言われて、それで思ったの。VR乙女ゲームを作ったらどうかって!」
VR乙女ゲーム?
「それ……。オンラインでやるの? VRMMO乙女ゲーム?」
何だそりゃ。
「やあねえ、咲。それじゃただの出会い系サイトじゃない」
ウン。そうだね。
私もそんな気がしてた。
「それにね。乙女ゲーってみんなでワイワイやるものじゃないと思うの!」
梨佳は両手の拳を握りしめ、力説し出した。
「自分ひとりの世界にこもり、現実ではあり得ない恋愛の世界に浸りきる! 自分だけの妄想の世界で思い切りはばたく、それこそが乙女ゲーの真の楽しみ方! 他人と分け合える妄想など真の妄想ではない! だから乙女ゲーにMMO機能など必要なし!」
た、確かに……。乙女ゲーって、素敵なイケメンとの仮想恋愛を楽しむものだからさ。
協力プレイとか有り得ないだろうし。いかに妄想に浸れるかがキモなのかもしれないけど。
そう言い切られると、乙女ゲー攻略に燃えた私の十代がものすごく虚しく思えて来るからヤメテ。
「で、VR乙女ゲーってナニ」
「だから、そのまま。リアルに構築された世界でキャラとの恋愛を楽しむのよ。手を握られたりしたら触感もあるし、現実感ありまくりの恋愛を体感できるわけよ!」
なるほど。
それはまあ、需要あるかな……?
「ということで、咲。早速プレイしてみて!」
梨佳はとても嬉しそうに言った。