19 伊藤くん攻略……のはずが……
仕方ない。『暁のシャイニングモラトリアム』にデビューしてみることにする。
実際にプレイしてマニアックな話題が振れるようになれば、もしかしたら伊藤くんも奇声以外の言葉を発してくれるかもしれない。それに賭ける。
ソフトとハードはバイト先で社割で買えた。それでも結構なお値段である。
前回の貯金があって良かった。マスターの攻略時には、振袖レンタルしたくらいであんまりお金使わなかったからなあ。
「面白いよ、それ。ハマるよー」
とバイト先の人から言われる。
うん、まあ。それはいいんだけどさ。
リアル世界で大流行りのVRMMORPG。私もまったく興味がなかったわけではない。
だが、その初プレイがVRゲームの中ってどうなのか。
そしてゲーム内でゲームするって、何か果てしなく非生産的な行動に思えるんですけど。
ついでに何でゲーム内ハードは市販型? いや、ここでさらに棺桶型ハードに入れと言われても蓋を閉めてくれる人もいないから困るけど。けど、ここは自社製品アピールしなくていいんですか梨佳。
と心のツッコミをひととおりしたところで、運命を甘受しヘルメットを頭に乗せる。
このハードはソフトを本体にセットした後、ヘルメットをかぶって『スタート』と口にするだけでゲーム世界にダイブできるらしい。
市販品って技術力高いのね。何でそんなものが家庭用として出回っている時代に、あんな棺桶ハードを開発しようとしている? ここの会社大丈夫なのか、もういい加減全ての意味で。
あっさりとしたホーム空間に意識が移動。
そうそう、ホームはこんな感じでいいのよ。リアルゲーム(ややこしいな)の無駄に豪華な空間はやめてほしい。そしてゲーム選択、続いてアバター作成画面へ。
アバターか。リアルゲームの方では、テストプレイ機ということもあり割と適当に作ったこのアバターだが。
今回は伊藤くん攻略に特化した形をとるべきかもしれない。
名前も『山田サキ』のままじゃまずいよね、多分。一応クラスメイトなんだし。
しばし悩む。
そして名前は『サキリン』に決定。アバターの外見は伊藤くんが好きなアイドルの子に似せ、おめめパッチリ、ツインテール、胸は大きめに盛って可愛さをコンセプトに作ってみました。
サキリン……すみませんすみませんすみません! 発想力なくてすみません!
私は高校時代もゲームプレイ時には躊躇なく自分の本名を入れる派だったのよー!
だって、その方が感情移入できるし! ぶっちゃけ他の名前とか思いつかないし!
さて結局、この『サキリン』のキャラクター造形は大失敗だった。
その姿でゲーム内ゲーム(設定がうざい)を歩いたら、女子プレイヤーは少ないらしく他のプレイヤーがやたらに絡んでくる。声をかけてくる。
周りに人が集まってすぐに身動きもとりにくい状態に。そしてその過密状態の中、ケンカまで始まったり。
ケンカはやめてー。誰か止めてー。
私のために争っちゃダメー。
とかヒロイン気分になってる場合じゃなく。
この状況はウザすぎる。
集まっている人たちの中に伊藤くんがいるかもと一瞬思ったが、多すぎて個体識別が不可能。
この状況でゲーム進めるとか無理。
ということでログアウト(ゲーム内ゲームから)するとすぐに、このキャラは破棄した。
さようならサキリン。短い付き合いだったが、君のことは忘れない。かもしれない。
で、改めてアバターを作成し直す。
性別『男』で。自分の趣味で美少年系にしておくが、とにかく『男』で。
地味に、地味にね。無駄に目立っては、本来の目的(ゲームに詳しくなって伊藤くんと話す)を果たすことが出来ない。
名前:サキーン。
すみません、進歩ありません。名前とか考えるの苦手なんだよー。
というわけで男になってゲーム内ゲーム世界を闊歩する。今度は寄ってくる人も少なくホッとする。
しかし、こういうのはネナベになるんだろうか。なるかも。まあいいか、所詮ゲーム内ゲームであり、本当のオンラインにつながってるわけでもないんだし。
初期装備は革の鎧とダガーだけ。
ここからどうしたらいいのか分からない。
お店のショーウィンドーの前で悩んでいると、
「どうかしました? もしかして初心者ですか?」
声をかけてくれた人がいた。
振り返ると長い金の髪。澄んだ碧の目。
色白の整った顔とたくましい体つきの、長身のプレイヤーが立っていた。
来たああああああああ!!!
私好みのキラキライケメンキャラ来たあああああああ!!!
こういうのを待っていたのよ、こういうのを!!




