13 室長登場
振り返ると妙に色白でのっぺりした感じの顔の、三十代前半くらいの男の人が立っていた。
「後醍醐って言わないでください!」
梨佳がヒステリックな声を上げる。あー、梨佳の地雷をモロに。
梨佳は自分の苗字がキライである。『後醍醐梨佳』って悪くないと思うんだけど、それはもう偏執的に憎んでいる。
思い起こせば十三年前。高校入学直後のホームルームでの自己紹介でコヤツは、
「私のことは梨佳ちゃんって呼んでください」
と言い放ち、クラス全体から『アホじゃねえ?』と思われた。
うちの学校は女子校である。女子しかいない空間でそんな発言をした梨香にクラス中が『この女、オカシイんじゃないの? かわい子ぶって何を言っちゃってんの?』と反感MAX、イジメが起きてもおかしくない状況に。
だが授業が始まると。出席を取られるたびに、
「後醍醐って言わないでください!」
と教師に向かって涙目で訴えるコイツを見て『ああ、ただの電波なんだな』と皆の視線はだんだん生温かくなり、何となく梨佳の存在はクラスに受け入れられたのだった。
何やら小中学校でさんざん苗字をからかわれたらしい。(そのことを語り出すと梨佳は止まらなくなる)
そして『梨佳ちゃんと呼んで』の真相は、中学までの友達にはそう呼ばれていたからというだけの理由であり、苗字でなければ呼び捨てでも全然かまわないというざっくりさ。
改めて思い出すと、梨佳はやっぱり梨佳だなと肩を落としたくなるが。
とにかくそう言うわけで、梨佳は苗字で呼ばれることに全力で抵抗する女である。
その梨佳の抗議を、現れた男性は全スルー。
「はじめまして。昨日は挨拶できなくてすみませんでした。ここの室長の那須野です」
と私に向かって微笑みかけた。
顔はのっぺりしているが、声は深みがあって妙にいい。
室長。ということは梨佳の上司?
いや。私はここのバイトなんだから、私の上司ということにもなるのか。
「昨日のデータを見ましたが、なかなか頑張ってくれてますね山田さん。大変ですがこれからもよろしくお願いします」
と言う物腰はやわらかいのだが。
「平群です」
私は訂正する。
「あれ?」
ときょとんとする室長。
「おかしいな、確か書類では」
「山田サキはゲーム内のアバターの名前で、私の本名は平群咲です」
ぼーっとした人なのか、それともバイトのこととかどうでもいいのか。
とにかく、このままゲーム内ネームで呼ばれるのもアレなので、そこはしっかり訂正しておく。
「そうでしたっけ。何で本名を入力しなかったんですか?」
と聞かれた。
そんなの恥ずかしいからに決まってるんだけど。
「まあいいか。じゃあよろしくお願いします」
にこやかに言われた。というか、どうでもいいならツッコまないでほしい。あと名前間違えるの失礼だから、一言くらい詫びの言葉が欲しかった。まあいいけど。バイトの身分で文句は言えないけど。
それにしても、なんかこの人も変人っぽい。
この会社、本当に大丈夫なのか?




