117 心機一転するぞ!
泣きすぎて、ついでに飲みすぎて翌朝はひどい顔だったのでバイトを休んだ。有給、全然使っていないし、たまにはいいや。
電話したら梨佳が大げさに心配していたけれど、行ったら行ったで室長に『顔がひどいですね』とか言われそうだし。
私にもリフレッシュというものが必要だ。今日は金曜日、休みにしたらちょうど三連休になるし。ゆっくりと攻略の疲れを取って、心機一転しよう。
まずは窓を開けて、部屋に風を通して。布団をベランダに干して、その間に掃除だ。
うむ。良いリフレッシュはまず掃除から。と偉い人が言ったかどうかは定かではないが、気分もさっぱりするしやって悪いことはない。
昨夜、ヤケになって飲みまくった発泡酒の缶は……次の収集日、いつだっけ。それまではちょっと目障りだが、こればっかりは仕方がない。ビニール袋にまとめて、いつでも捨てられるようにして、と。
部屋に掃除機をかけている間に洗濯機を回し、ついでにキッチンもいつもより念入りにお掃除。大して使ってはいないんだけど、こういうときにやっておかないとね。
洗濯が終わったころには太陽の位置が変わるので、お布団は家の中にイン。
代わりに洗濯物を干す。
そしてお茶を入れて、優雅にティータイム。
ああ、すごくたくさん仕事をした気がする。私って主婦にも向いてるんじゃないかな。
さて、お茶菓子……お茶菓子……。
何もなかった。昨夜、つまみに買ってきたイカの燻製がちょっと残ってた。
ティーバックの紅茶でイカの燻製を楽しむ優雅なティータイム。これは……なんか違うな。でも、あんまり贅沢するのもねえ。バイトの身なんだし。
しかし、今回の私は一味違う。昨日、自己嫌悪のどん底で考えたのだ。
いつまでも落ち込んでいても始まらないと。
私は失恋したし、会社も辞めたし、恋も夢も固定収入も将来設計も何もかも失った。
がんばる気持ちもすっかり失せて、死んだ魚のような目でアパートに引きこもり、そして降ってわいた一獲千金のもうけ話、『マニアック』攻略のバイトに飛びついた。
でも、そろそろ潮時だと思うのよ。
私はもう十分に落ち込んだ。晴のことも前の会社のことも引きずりまくった。だけど、全てはもう戻らない。過去とは訣別し、新しい一歩を踏み出すべきときが来ているのじゃないだろうか。
晴もぶん殴ったしね。その後で小林ルートのシナリオに傷口をほじくられまくり、晴と付き合っていたときの私がただの勘違いしてのぼせあがった痛い女だったと思い知らされたわけだけど。
その反省も、昨夜十分にした。今日は鏡で顔を見たくないくらいに。
だから、終わりにしよう。手痛い経験だったけど、それを糧にして新しい人生に羽ばたくのだ。
ついでに『マニアック』ともお別れしよう。梨佳には悪いが、あのゲームは精神衛生に悪すぎる。
五百万円は、絶望の淵で見た悪い夢だったと思って忘れよう。今までのバイト代だけでも十分、その場しのぎにはなった。
私は新しい就職先を見つける。そしてニュー平群咲となって、怠惰な日々に別れを告げ、再び建設的な人生を生きるのだ。さらば梨佳、さらば『マニアック』。私がバイトを辞めた後は、新しい犠牲者……いや、新しいテストプレイヤーを見つけてくれ。
ということで転職先を探そう。まずは職安……と言いたいところだけど、職安はなー。
個人の感想なんだけど、なんとなーくあそこに貼ってある求人票からはブラック企業のにおいが濃厚に漂っている気がするんだよねえ。
いや、それでも『マニアック』のテストプレイという仕事よりはマシかもしれないんだが。
なので一応の選択肢としては考えておくけど、行ってみるのはいよいよ暗礁に乗り上げたときでいいかな。
まずは求人サイトをチェックしてみて、良さそうな求人があるところに登録して。条件のいいところに応募してみようかと思うんだよね。
それでは検索……しようと思ったら、メールが入ってきた。
件名は『お久しぶり』。差出人は……サクラちゃん。
サクラちゃんは高校のときの友人だ。私や梨佳のいたグループの中心的な存在で、しっかり者で意志の強い、頼りになる女の子だった。
決してボーイッシュなタイプではないんだけれど、下級生(女子高だったので、もちろん女子)からモテていたね。
そうそう、バレンタインデーにはもらったチョコレートが多すぎて、持って帰るのが大変そうだったっけ。まるであの佐藤ゲス人のように……。
いやいやいや。『マニアック』のことはちょっと忘れよう。忘れないとリフレッシュにならないじゃん。佐藤ゲス人と比べるのはサクラちゃんに失礼だし。
まあ、そういうわけでしっかり者のサクラちゃんは共学の国立大学に進学し、そこから外資系企業に就職。ここ数年は海外勤務をしているので、めったに会えないのだ。
メールによれば、報告事項があったので昨日から東京に戻ってきていたとのこと。日曜の昼間では日本にいるので、久しぶりに会って話さないかというお誘いだった。
これは嬉しい。やっぱり、前向きな気分になると前向きな人が寄ってくるのかしら。
私はさっそく、サクラちゃんに了承の返信メールを出した。




