114 恋は難儀でめんどくさい
「……山田さん」
私が急に怒り始めたから、小林は更に困った表情になる。なだめようとするかのように片手をあげかけ、そして中途半端な状態のまま止めた。
そう。お前は、いつも中途半端なんだよ!
「誰かが付き合い始めたら、グループの和が壊れるから逃げる。告白されても、いつか別れることになるのが怖いから逃げる。それじゃ、誰なら小林さんの傍に残れるんですか。いつまでもみんな仲良く幸せに……そんなの無理です。人間関係は変わるんです。でも、だから、好きな人とはずっと一緒にいたいって……ずっと一緒にいられるよう頑張ろうって思うものじゃないんですか!」
ヤバい、私、説教してるよ。ゲーム内の設定では年上相手に。告白のはずだったのに。
完全にリアルの年齢が出てしまっている。しかし攻略のストレスがここで限界突破してしまった。私の感情は暴走してしまって、もう自分でも止められない。
「小林さんはズルい。大事な人をつかまえておく努力もしないで、ただみんなが去って行ってしまうっていじけてる。努力しなくても傍にいてくれる人だけを欲しがってる。なのに、ちょっと中村さんが恋愛しそうになったくらいで怯えて自分から離れて。私、もう、小林さんが何をしたいのかわからない」
中村さんなんて、どうせ犬が一番大事なんだっていうのに。私より小林より、アヤちゃんより。
中途半端に上げたままの小林の手が、力なく下に落ちた。
「うん。本当は、俺にもわからない。自分が何をしたいのか」
声は少し、震えていた。
「年末も正月もひとりでずっと家にいて、本当は寂しかった。でも、会いに行って中村と尾瀬沼さんが前より仲良くなっていたらと思うと怖かったんだ。もう俺のことなんかどうでも良くなっているかもしれない。会いに行ったって邪魔にされるかもしれない。彼女が出来たらさ、みんな彼女のことで頭がいっぱいになるだろ……」
うん、まあ。それはそうなんだけど。でも中村さんは最初から犬のことで頭がいっぱいだから、どうかな。
「大学で会っても別に何も聞かれないし。やっぱりもう、中村にとって俺の存在なんてどうでもいいんだなって思った。いや、もともとどうでも良かったのかも。あいつは彼女とか興味なさそうだったし、ガツガツしてなくて付き合いやすいから俺がつきまとっていただけだったのかもな」
それは多分そう。そもそも中村さんは、人間にあまり興味を持っていない。
「怖いんだ……」
小林はそう呟いて、ジャケットのポケットを探った。そこから出てきたのは……私が編んだタワシ、いや防御アップアイテム、いやマフラー。持ち歩いてたのかい。
「本当は今日、山田さんが会いに来てくれて嬉しかった。チョコレートをくれて、好きだって言ってくれて嬉しかった。このマフラーを編んでくれたのも感動した。でも、怖いんだ。女の子を好きになったら、俺も他のやつのことはどうでも良くなっちゃうのかもしれない。今までの俺とは変わっちゃうのかもしれない。でも、そんな風に夢中になっても、他のやつらみたいに……」
震えた声が、一度とぎれる。
「俺の親みたいに……。どんなに好きになっても、最後は嫌いになっちゃうのかと思うと……」
小林は顔を上げる。私をまっすぐに見る。目が潤んでいる。ちょっと泣いている。
「俺、山田さんのこと好きだよ。中村が尾瀬沼さんに夢中になって俺のことを忘れても、山田さんは覚えていてくれるかもしれないって思った。ドッグランに会いに行こうと思ったこともあったし、何回も近くまで行ったけど、勇気が出なかったんだ。俺、俺……山田さんが好きだから、嫌いになりたくない。ずっと好きなままでいたい。離れるのはイヤだけど、近づくのも怖い。どうしたいのか、自分で自分がわからないんだ」
難儀なやつだな。
何もかもが面倒くささマックスの犬ルートだけれど、最後に残った小林が誰よりも面倒くさいやつだったとは思わなかった。中村さんもアヤちゃんも、小林に比べればずっと簡単だったよ。
マリーちゃんを育てるのだって、これに比べたらヌルゲーだった。たぶん。いや、さすがにそれは言いすぎか。
私はトートバッグを探って、持ってきたもうひとつの包みを出した。チョコレートとは別に、今日のために用意しておいたプレゼント。
自分で包装を開けて、中身を取り出す。そして背伸びして、それをそっと小林の首にかけた。
「クリスマスに編んだのは、下手くそで恥ずかしかったので。がんばって新しいのを作りました。良かったら使ってください」
何度も何度も編みなおしたんだ。タワシにならないように、力加減に気を遣って。ふわっとしたマフラーを作るのは、私にとってとても難しいことだった。
「私、小林さんが好きです。ずっと一緒にいたいし、離れたくないし、嫌いになりたくもありません。一緒にアンジェリカの世話をしたり、散歩をしたり、海に行ったりバーベキューをしたり、家で鍋をつついたりしたいんです。……でも、それでも、付き合ったらだんだんイヤなところが見えてきて、いつかは別れてしまうのかもしれない」
あの日。姫子ちゃんと出勤してきた晴を見るまで、私は別れるなんて考えてもみなかったけれど。
晴はどうだったのかな。私といてつまらないとか、感じが悪い女だとか、思ったことがあったのかな。私は彼氏がいるということに浮かれて、晴の気持ちをちゃんと考えたことがなかった。
殴ったことは後悔していないけれど、姫子ちゃんがいなくてもきっと、あの恋は終わりかけていた。
今さらそんなことに気が付くのは、とても苦くて自分のバカさ加減に嫌気がさすけれど。
「でも、そうならない恋もあるかもしれない」
初恋で付き合って結婚する人たちだってこの世にはいるんだし。
夢くらい見たっていいじゃないか。というか、希望を持たなきゃ誰とも付き合えない。
「だから、試してみませんか。ずっと一緒にいられるよう、二人で頑張ってみませんか。意見が合わなかったり、思っていたのと違うと思ったり、ケンカをしたりすることもあるかもしれないけれど、歩みあったり仲直りしたりできるように努力してみませんか。そうしたら、もしかして私たちは、ずっとずっと一緒にいられるかもしれない」
私は右手を差し出した。
「今日、寒くなりそうだったので鍋にしようと思うんです。一緒に食べませんか?」
食べ物で釣るなんて、ベタかもしれないが。私だって必死なんだ。
差し出した指先が震えているのは、寒いからだけじゃない。
「……いいの?」
小林の声には、まだ迷いがある。
「ひとりじゃ食べきれないですし。一緒のほうが楽しいです」
「俺、こんなで、情けないし中途半端だ」
「知ってます。それでも、小林さんといたいんです」
「行きたいけど……。山田さんの作る鍋、おいしいし」
「じゃあ、行きましょう」
煮え切らなくてイライラするので、ついに私のほうから手を握ってしまった。しゃんとせい。
「ほら。アンジェリカも小林さんに来てほしいって」
言っているかどうかはわからないが、話に夢中になっているうちに小林のセーターにめちゃくちゃかじりついていた。穴、開けちゃったかも。うまいのか? それ。
「アンジェリカ……」
小林は思い出したように、ふところのアンジェリカをまたなでる。
「そうか。お前も、俺のこと好きなのか?」
「わふっ、ぐるるる」
噛もうとしてる。噛もうとしてるよ。しかしこれはこれで愛なのかもしれない。もしかしたら。
「……そうか」
少し肩の力が抜けたように、小林は微笑んだ。
「二人から誘われたら、行かなきゃダメだね」
ここでも決め手は犬か、と思うとちょっとため息が出そうになるが、犬ルートだから仕方ない。ということにしておく。
なので、ため息の代わりに私は笑う。
「そうですよ。美女二人のハーレムです。来なきゃ損ですよ」
小林は笑っただけだったけれど、私がつないだ指先に少しだけ力を入れて、握り返してくれた。
灰色の空から、チラリと白い雪が舞った。




