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11 マスター攻略 グッドエンド

 正月。昨日のプレイでは女友達とお汁粉食っただけで終わったが。

 思うところあって振袖をレンタルしてみる。(買うのは無理だった)

 一番安いヤツだけど。そして着付けをお願いした美容院も安いところにしたら、店員の態度が悪くてイラッとしたけど。相変わらず細かいところがリアリティを追及していてムカつくゲームである。

 それはともかく、いつもと違う姿でマスターにアピールしようという作戦だ!


 友達との約束の前にバイト先に寄ってみる。

 マスターがトレーナーにジャージ、もこもこのダウンベストという恰好でちょうどポストの中を見ているところだった。

 マスターさあ、私服が。オッサン丸出しなんだけど。

 この演出にはどういう意図があるのか。梨佳の気持ちが分からん。


「山田さん。あけましておめでとうございます」

 丁寧にあいさつしてくれる。

「どうしたんですか? 今日は店は休みですよ」


「えーと、あの。マスターに新年のご挨拶をと思いまして」

 と言う私。

「あけましておめでとうございます」

 頭を下げる。


「これは、わざわざありがとう」

 目を細めて笑うマスター。笑顔めずらしいかも。

「ちょっと待っていてくださいね」

 そう言っていったん店の中にひっこむ。戻ってきたら。

「はい、これ」

 

 お年玉渡されたんですが。

 わーい、臨時収入。

 じゃなくて。これ、ホントにルート入ってんの? 完全にお子様扱いなんだけど。

 レンタル料頑張った振袖は女友達に大変好評でした。

 以上。


 そしてまた変わらぬ日々。バイトに精出し預金通帳と生活費をにらめっこし定期テストの対策に講じる。少しも乙女ゲームをやってる気がせん。

 熱騒動イベントの時に感じたときめきは気のせいだった気がして来た。


 それでも一縷の望みをかけて今年、イヤ今回もバレンタインに手作りチョコを作ってみる。

 ヤバい。ゲーム内の体感時間のリアリティが強くて、昨日のプレイ内容が去年のことに感じられる。

 確実に精神年齢が浸食されて行く予感しかしないんですが。


 そしてバレンタイン。

 バイトの日ではないが、気合い入れて買った服を着てマスターの店へ。終業時間間際を狙っていく。

 ちょうど最後のお客さんと入れ違いになった。

「おや、山田さん」

 マスターが私を見て不思議そうな顔をする。

「どうしたんですか?」


「きょ、今日は」

 いきなりかんだ。くそう、ゲーム内のイベントなのに緊張してしまう私って乙女。処女じゃないけど心は乙女。いいじゃないか、二十八歳だって非処女だってひどいフラれ方してたって心は乙女でも!

「お渡ししたいものがあって来ました!」


 自分でラッピングした手作りチョコレートを差し出す。

 マスターは更に不思議そうな顔になる。

「これは?」

「きょ、きょ、今日はバレンタインですから!」

 そしてまたかみまくる私。


 ああ、とうなずくマスター。

「わざわざ持って来てくれたんですか。義理堅いですね、嬉しいです」

 まさかの義理チョコ扱いか!

 

 おい、このゲーム! 私に何させようとしてるわけ?!

 選択肢が、選択肢が欲しい! ヒゲのオジサマ相手に自分で考えたこっぱずかしいセリフを言えとか、何の罰ゲーム!?


「義理じゃ……ないです……」

 顔が赤くなるのは、ときめき成分だけでない気がする。

「ほ、ほほほほほ本命です……」


 しかし。佐藤くんの時といい、私って直球告白しか出来ない女だな。

 もうちょっと他のアプローチ法ないんだろうか。

 そしてこれは正解なの、それとも失敗!?


 マスターは少し黙り込んで、

「おじさんをからかっちゃいけないですよ」

 と笑った。

 全力の告白をあっさり流されている。何という屈辱。


「ほ、本気です!」

 つい真剣に言い返してしまう。いや原動力は恋愛とは違うところにある気もするが。

「お、お願いします。受け取ってください!」

 これで断られたら、下手すると佐藤くんの時よりダメージが大きい気がする。

 

 また沈黙が落ちる。この沈黙が痛い!

 くそー、失敗か? 失敗したか? もっと大人っぽく婉曲にやった方が良かったか。

 ああああ、選択肢がないだけで乙女ゲーのハードルがこんなにも上がるとは。


「ありがとう」

 不意に、マスターが差し出したチョコレートの箱を受け取ってくれた。

「とても嬉しいです」


 おおお?! これは来たか?! これで正解なの? イケるか?!

 と思ったら。

「今日はもう遅いからお帰りなさい。帰り道は気を付けて」

 

 やっぱり子供扱いされてる気が。流されただけ?

 どうしよう。粘るべきか。告白を重ねるべきか?

 

 迷っているうちにマスターに手際よく送り出されてしまった。

 笑顔と共にぴしゃりと店のドアが閉められる。

 

 わ、分からん! これは失敗なのか成功なのか。

 うまく行ってるんだかそうでないのか、わからなさすぎる!



 そしてその翌日から、マスターは前のように『こんにちは』と『おつかれさまでした』しか言わない人に戻ってしまった。

 これは……告白失敗して、好感度パラ下げてしまった状態なのか?! 

 どうすればいいんだよ、このゲーム! 


 バイトだし、棺桶入ってるし、ハード大きすぎるから出来ないけど。

 でも、もしゲーム機が手に持てる大きさのものだったら、この時点で私はきっとそれを壁に叩きつけている。間違いない。 

 

 うがああ、ストレス度ハンパねえ!

 また失敗か?! また屈辱のノーマルエンドなのかあ?!

 手ごたえのなさに歯噛みするだけでゲーム内時間は過ぎていく。

 


 そして、終業式を間近にしたある日のことだった。

 バイト中、ふとお客様が途絶えてマスターと二人きりになる。

 今の状態で、それはすごく気まずくて緊張するんだけど。


「桜」

 マスターがポツリと言った。

「え?」

 聞き返す。


「桜が咲いてます」

 指さす方向を見ると店の窓の外、近所の家の庭の桜が満開に咲いていた。

「うわあ」

 それがとても綺麗で、思わず声が出る。

「本当だ。素敵ですね」


 久しぶりの会話らしい会話も嬉しい。

 振り返ると、微笑んでいるマスターと目が合った。


「来年もその次も、ずっとこうして二人で桜を見られるといいですね」

「はい」

 思わず、うなずいてしまったが。


 あれ?

 反射的に返事しちゃったけど、今のって。


 流れ出す音楽。

 マスターに誘われて、私たちは店の外に出る。

 目の前には満開の桜。


 そして空に浮かびだす『GOOD END』の文字。

 それと同時に意識が薄くなっていく。



 ……気付いたら棺桶の中にいた。


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