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106 明日、雪が積もったら

 パーティーはつつがなく終わった。そして自然に、中村さんがアヤちゃんを送っていき、小林が私を送ってくれる流れに。よっしゃ!

 機能しているぞワンクッション作戦。よっしゃ!


 小林は私の作ったマフラー(防御アイテム)を装備したままだ。

 うん……改めて見るとやっぱり変だわ、あのマフラー。首の周りに板を張り巡らせたみたいに見えるもんね。いくらなんでも固く編みすぎたわ。作り直して新しいのをプレゼントするべきだろうなあ。


「これ、あったかいよ、山田さん。風を通さない。ありがとう!」

 小林は一応、喜んでくれているみたいだが。吹き矢も防げる(想像)出来上がりなので、一応は寒気も防いではいるようだ。マフラーというより防風林的なものになってしまっているけれど。


「ええと。なんか、ごめんなさい」

「なんで? 嬉しいよ」

 バカ、いや天然すぎるというのも評価が難しいところだ。プレゼントを喜んでくれるのはありがたいんだけど、この防御アイテム的防風林的マフラーに全くツッコみが入らないのもちょっと考えてしまうというか。いや、最初にタワシって言われたけれども。


「私、下手くそで。今度は頑張って、もっと上手に作るので」

「いいよ。これ、気に入ったよ、俺」

 小林はニコニコしながらマフラーかもしれない物体を軽く触る。

「年が明けたら大学にもしていこう。女の子の友だちが作ってくれたって自慢するんだ」


 とっても嬉しそうなのだが、お願いですやめてください。ゲーム内の、会うことがあるかもわからないモブNPC が相手といえど、そのマフラーをさらされるのは恥ずかしすぎる。

 私は年明け(ゲーム内時間)までに新しいマフラーを完成させると心に決めた。


 寒いのでアンジェリカは歩かせず、私のコートの胸元に入れている。リアルと同じくこのアバターの胸もささやかなものなのだが、アンジェリカはけっこうこの場所を気に入ってくれている。自分で歩かなくていいというのも気に入っていそうなのだが、犬というのはたとえ雪が降っていても喜び庭をかけまわる、そういう生き物ではないのだろうか。これでいいのか、アンジェリカ。


 そんなことを思っていたら、本当に雪が降ってきた。クリスマス・イブというシナリオ的にも大きな山場であるこの時に雪が降るのは良い兆候である。と思いたい。


「あ、雪だ。山田さん、雪だよ」

 暗い空を見上げ、嬉しそうに言う小林。私もつられて上を見る。

 真っ暗な空から綿毛みたいな白い雪がふわふわと舞い降りてきて、幻想的な雰囲気だ。このゲームにしては。


「寒いと思いましたけど、降ってきちゃいましたね」

 一応、肩でも抱かれるイベントでも起きないかと私はそんなことを言ってみる。コートの中にアンジェリカが入っているから、けっこう暖かいんだけどね。


「寒いの? このマフラー、する?」

 小林は防御アイテムをはずそうとした。

「いりません」

 つい、反射的に断ってしまった。


「いえ、その。それは、小林さんのために編んだので。小林さんに着けていてほしいんです」

 すぐにフォローしたが、本音は『そんな罰ゲームは嫌だ』。これに尽きる。

 自分で編んだものとはいえ、あんな屏風みたいなものを顔の周りに巻いて街を歩くのは嫌だ、たとえゲームの中でも。このルートの黒歴史は、アヤちゃんの前での公開生土下座だけで十分である。


「そうなの? でも、大丈夫?」

「大丈夫です。歩きましょう」

 私は小林の注意を防御アイテムからそらそうと、さっさと歩きだした。小林は子どもみたいに飛び跳ねながらついてくる。


「山田さん。雪って、テンション上がらない? 上がるよね?」

「ええ、まあ……」

 とりあえずうなずいておく。小林は嬉しそうに笑った。

「いいよね。雪が積もるとワクワクするんだ。雪だるま作ったり、雪うさぎを作ったり、雪合戦をしたくなるよね」

 子どもか。


 まあ、子どものころだったら私も、そんな風に雪が降るのを心待ちにしたものだったけれど。

 いつからだろう、雪が降ったら通勤電車をいつもより一本早くすることを考えたり、凍った道を滑らないように気を付けながらヒールで歩くことを考えて憂鬱になるようになってしまったのは。


 ゲームの中で女子高校生になっているのに、そしてリアルでも絶賛フリーター生活なのに、私はやっぱり社畜だったころと同じようにしかものを考えていない。

 どれほど鬼畜仕様であっても、ここはゲームの中なのに。思い切り遊ぶための世界なのに。いや、私は仕事でプレイしてるんだけどさ。


「……積もったら」

 ぼそりと言った私の声に、小林が振り返る。

「雪が積もったら、一緒に雪だるまを作りませんか。あ、小林さんが暇だったらの話ですけれど」


「作る作る! 一緒に作ろう」

 小林は嬉しそうに言った。

「大丈夫、暇だから。作るよ。雪、積もればいいなあ。いっぱいさ」

「そうですね。いっぱい積もるといいですね」


 そんな、ゲームの中だから言える無責任なことを口にして。

 私も笑った。


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