103 決戦はクリスマスイブ
次の朝、目を覚ました小林は朝食も食べずにそそくさと帰っていった。
せめてトーストくらい食べて行ったら、と勧めたのだが、
『そんなに甘えたら悪いし! 女の子の家に泊まったと思われたらマズいし、山田さんも困るでしょ』
にこやかに笑ってそう言った。
泊まったと思われるも何も、もう泊まってるんだけど。朝帰りそのものなんだけど。
しかし小林の頭の中では『気を遣っている』ことになっているんだろうな。
ようやくわかってきた。こいつって、好意はたっぷりあるのにその表現が(解釈も)ズレているんだな。気を遣いすぎて空回りし、結果的に無神経っぽく見えてしまうタイプ。損な性格なのかもしれない。
そう思うと、いつかの周回で私を手ひどく振ったアレも小林なりに気を遣った結果だったんだろうか。あの時からずっと私は小林を苦手に感じていた。だけどそれは早計だったのだろうか。思いやりがなかっただろうか。
NPC 相手に思いやり、というのもおかしいのかもしれないけれど。
直接、顔を合わせてやり取りをしている感じのあるVR だと、思い入れは二次元ゲームの比ではない。
気が付くと相手を生きた人間のように考えてしまっている。その癖は、どれだけやっても治りそうもない。
このイベントを境に、私と小林の距離感は変わった。
何があったわけではないけれど、具体的に言えば部屋の中を水びたしにされただけだけれど、それでもヤツが私の部屋に泊まったということには変わりはない。
その記憶が、私たちの間にそこはかとない親密感をかもし出す。
気が付けばいつもの散歩道、アヤちゃんは中村さんとドッグショーの準備のことや犬たちの仕上がり具合を熱心に語り合い、私は小林にアンジェリカのリードを委ねながら並んで歩く。そんな状況が自然になっている。
序盤の百合展開が嘘のように、乙女ゲームらしい絵面になってきていた。
そう、死ぬほど周回して見飽きた犬ルートとは思えないくらいに。
そしてゲーム内のカレンダーは十二月になり、地獄の期末試験をくぐりぬけるとクリスマスはもう間近である。
「……あの、あのね、サキ」
ミキちゃんが委員会の用事でいないとき、アヤちゃんが白い頬をピンクに染めて小声で言った。
「クリスマス会、やらない? ミキには悪いんだけど、中村さんと小林さんと一緒に、四人で」
よっしゃ、来たあ! 私のほうから言わなくてはいけないかと思っていたが、アヤちゃんから提案してくれたよ。なんという理想的な展開。期末試験を死ぬほどがんばった甲斐があり、彼女の好感度は高いままである様子。
こういう地道な努力が実を結ぶ感があるのはいいよね。甘いシーンも乙女ゲームの醍醐味だが、辛く面倒くさい好感度を上げるためのあれこれが正しく報われるのって大事だと思うのだ、私としては。
「うん、いいよ。いつもお世話になってるしね」
内心の勝利感を顔に出しすぎないよう、落ち着きを装ってうなずく私。
「ミキちゃんとは、別に女子会をやろうよ。スイーツ食べ放題に行くとか」
「あ、うん、そうね。そうしよう」
ゲーム内とはいえ、女子同士の円滑な友情も大切。でないとどこで足をすくわれるかわからない……じゃなくて、友達大事。ゲーム内でも大事。
ということで、女三人でスイーツ食べ放題をする酒池肉林の宴(比喩)が行われたわけだが、それはまた別の話。
この展開でまた、今までの攻略とは状況が変わってきたのだ。
私はこれまで数限りない周回を中村・小林と共にしてきた。彼らと過ごしたクリスマスの数は、両手両足の指の数を軽く上回る。
だがしかし。それはいつも、『中村・小林が企画したクリスマス会に私がまぜてもらう』形だった。今回は逆だ。『私 (とアヤちゃん)が企画したクリスマス会』に、『やつらを招待する』のである。
つまりここからは今までの攻略の知識は使えない、完全に未知の領域に立ち入るということだ。
小林ルート、奥が深い。アヤちゃんを攻略に加えただけでここまでシナリオが様変わりするなんて。
アヤちゃんと何度も相談を重ね、概要が決定する。決戦、いやパーティの開催は十二月二十四日の午後七時から。会場は私の家。参加者は私、アヤちゃん、アンジェリカ、桃太郎、中村さん、ハヤテちゃん、そして小林の四人と三匹である。
アヤちゃんは午後一で私のアパートに来て、二人で手作りの夕食を準備。(これでチキンとサラダのわびしいクリスマスからは解放される) ケーキは男性陣に買ってきてもらう。
そして、これはいつの間にか当然のように決まっていたことなのだが……。
アヤちゃんが中村さんに。
私が小林に。
ハヤテちゃんには二人から。
クリスマスプレゼントを用意する。
うむ。もう否定する必要はないだろう。
クリスマスイブは、私たちの戦場である! いざ往かん、賽は投げられたのだ。




