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99 無差別攻撃の代償

「本当にごめんなさい」

 私は平謝りすることになった。


 今の私のアバターは、かつて佐藤ゲス人を一発殴るために全てをかけたあの時のように筋肉の鎧で覆われてはいない。特にスポーツをしているわけでもない、犬の散歩で毎日ウォーキングをしているだけの、普通のJK である。

 戦闘に特化したあの時のような重いパンチは繰り出せない。それは自分でもわかっている。


 だから、私は全力で小林を殴った。あと蹴った。

 この『全力』というのがミソ。普通の人は、もし他人を殴るような機会があったとしてもいきなり全力で殴ることは出来ない。成長の過程で無意識に『手加減』をするようになっているのだ。


 しかし、まだそれを知らない幼児、二歳児や三歳児は全力で殴る蹴るをしてくる。すると、幼子の力でもけっこう痛い。……というのが、かつての周回で私が通っていたボクシングジムのトレーナーが話していたことだった。

 あそこでのゲーム内の一年間に私が学んだことのひとつが、『手加減』のコントロールの仕方だった。

 時と場合によって、どの程度手加減をするのか。そして手加減なしの自分の攻撃力とはどの程度のものなのか。


 サンドバッグを殴り、トレーナーとスパークリングを繰り返す日々。その中で、私は『全力で相手を殴る』ということを覚えた。いや、幼児は出来るというのなら『思い出した』のだろう。

 一切の手加減なしに、その時の自分が持つ筋力や瞬発力をいかに効率よく解放して攻撃力に変えるか。格闘を身につけるということは、そういうことなのかもしれない。


 でなければ、ごく普通の無職アラサー女がパンチ一発で元カレを吹っ飛ばすことなんて出来ない。あの時も私は全力だった。手加減なんてしなかった、自分のすべてをあの一発に込めた。


 そして、今回の私はその勢いで小林を殴る蹴るしたわけである。

 不審者だと思ってたんだもん……。全力でやらないと、自分とアンジェリカを守れないと思ったんだもん……。


 というわけで平謝りに平謝りを重ね、念のため病院の検査に付き合い、医療費を払うと申し出をし。

『俺が脅かしたのが悪かったんだから。そりゃ、暗がりに突っ立っていたらびっくりするよね』

 小林はそう言って、検査料を折半にしてくれたがそれでもけっこう痛い出費になった。これからはもっと気をつけよう。自分はけっこう調子に乗りやすいタイプだと思い知った。


 幸い、検査結果に問題はなかったが。良かった……決定的な損傷を与えて、医療費で貯金が飛んで生活苦エンドを迎えるようなことにならなくて本当に良かった。安易な暴力は良くない、そう自戒する私である。


「でも、山田さんって強いんだね、俺もびっくりした」

 あんなに暴力を振るわれたのに笑顔でそう言う小林。なんだこいつ、神なのか仏なのか、それともマゾなのか。怒らなすぎだろう。

「もしかして、体を鍛えたりしてるの?」


 ここで『別の時間、別の世界で戦闘力を磨いて』とか言い出したらただのヤバい人なので、

「いえ……。あの時は怖くて、ただ夢中で……。本当にごめんなさい」

 と、戦闘力を向上させようと思ったことなどない普通の女子を演じる私。

「だよなあ。冷静に考えると、俺の行動がヤバすぎたもんね。ごめんね」


 いえ、私の行動も十分ヤバかったです、ごめんなさい。

 小林の対応が優しすぎるので、私も深く反省してしまう。

 いくらゲームの中だからって、はじけすぎだった。本当にごめんよ、小林。


 病院の帰りにスーパーに寄り、すき焼きの材料を買ってアパートに向かう。

 暴行のお詫びとして、夕食をおごることにしたのだ。外食はアンジェリカがいるとやりにくいので、私のアパートで。病院代に続いて痛い出費だが、タコ殴り事件はひどかったのでこれくらいの謝罪はしたい。すき焼きと言いつつ、長ネギ・シラタキ・豆腐・厚揚げが鍋の大部分を覆い、申し訳程度に一番安い牛肉が入っているだけの鍋だしね。


「いいよね、鍋。テンション上がるよね」

 JK の家に招待された小林は、女子のひとり暮らしの家よりもすき焼き鍋の存在にテンションを上げている様子。わかってるけどね、そういうやつだって。長い付き合いだからね。

「あれ、でも、小林さんって実家暮らしじゃないんですか?」

 確かいつかの周回で、『家はマンションで、親が猫を飼っている』と言っていたような。


「あれ、俺、そんな話をしたっけ?」

 怪訝そうな顔になる小林。私はあえて言い訳はしないで、

「違いましたっけ? そう聞いた気がしたんですけど」

 とごまかしておく。あいまいにすることで、『もしかしたら言ったかも?』と相手に思わせる作戦だ。人間なんて、自分が何を口に出したかそうそう正確に覚えているものではない。それにあいまいにしておけば、もし疑われても『勘違いだった』ということにしておけば済む。アラサーの老獪な知恵である。


「そうか、何か言ったのかな。うん、間違いじゃないんだけど。親父と暮らしてるんだけどさ。父親、出張が多くてほとんど家にいないんだ」

 え? ここへきて新情報? あれ、でも、猫は?


「え、でも……。何か飼ってるって言いませんでした? 世話とか、どうしてるんですか?」

 小林はいつも中村さんと出歩いているし、てっきりご家族が世話をしているのだと思っていたのだが。

「なにも飼ってないよ? うちのマンション、動物飼えないんだ」

 ケロリと言う小林。それから、


「あ、もしかして猫? 俺、猫の話をしたんだっけ。母親が飼ってるけど、そっちに行くことはあんまりないんだよね。うちの両親、離婚してるんだ」

 やはりケロリとした顔で付け加えた。


 新 情 報 す ぎ る 。


 今までの数限りないトライはいったい……。これだけ長く付き合ってきて、そんなこと初めて聞いたぞ。


 私が固まってしまったのに気付いているのかいないのか。テリトリーに侵入してきた小林を威嚇し続けるアンジェリカと遊び? ながら彼は、

「この家、いいよなあ。鍋はおいしそうだし、アンジェリカと遊び放題だし。ここに住みたくなっちゃうよね」

 と、何も考えていなそうな明るい笑顔で言った。


 ちょっとドキッとした。とても悔しいことに。



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