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エピローグ

翌日


美夜とリトスは東京駅から上越新幹線に乗り込んだ。


美夜は売店で手早く駅弁を購入しており、にこにこ顔だ。


「味も分からないのによく食べますわね」

リトスは呆れ顔で、駅弁を胃に流し込む美夜を見る。

「雰囲気が大事なのよ。リトスも食べなよ」

弁当を受け取ると、リトスは箸を器用に扱い口に運ぶと幸せな顔をする。


「で、リトス、体の具合は?」

「翼は直ぐに治りますが、片方の心臓はしばらく使い物になりませんわ。でもそんな力、今の(わたくし)にはあまり必要無いのかも知れませんけど」

美夜は箸を口に咥えたまま、リトスを見る。


「それは人として生きて、啓君とつき合いたいという事?」

「それもありますが、領土戦争にも興味はないですし、目の前の大事な方を守る力がひとまずあれば問題ありませんわ」

美夜は空になった弁当箱に箸をおくと、ふぅっと目を閉じた。

そのときの美夜の心情を簡潔に言葉で表現したならば、感慨無量というところだろうか。


「そっか、なんか安心した。私たちもちゃんと変化できるんだって思えたよ」

子供のような美夜の言葉にリトスは目を細める。

「何ですのそれ?大体ミヤは私達真祖が何人かかっても勝てるような者ではないでしょうに。まあ確かに、力が強い者ほど、普通の者とは違う悩みを持つということには同意いたしますが。で、目的地はまだ先ですか?」


トンネルを抜けた次の駅で二人は下車すると、駅前には黒塗りの車がすでに待機していた。


二人を乗せた車は、山奥へと続く道を突き進む。

一時間ほど走っただろうか、進行方向に灰色のコンクリートの高い塀に囲まれた、同じ灰色の建物が建っていた。


セキュリティチェックで携帯を預ける際、美夜の目がリトスの持つ赤色の携帯に目を奪われた。その視線に気づいたリトスは得意顔で言う。

「いかが?今年の最新秋モデルのスマフォですわ。スペックも今期モデルの中で一番良いものです。すでに私仕様にカスタムもしているのですよ」


最新のIT機器を使いこなす吸血鬼の真祖、何とも不似合いな、、いやリトスらしいかと美夜は思っても口にはしなかった。


建物の中にはいると、すべてのドアは外からの電子ロックと物理キーの二段構え、太い鉄の棒が補強に入った窓がやたらと小さい分厚い鉄のドアが一面に続く。

「まるで監獄ですわね」

「そうよ、ここは最後の監獄よ」

やっぱりそうなのですね、とリトス。


二人は次に地下へと続くエレベーターに乗る。

「どこまでこれは降りるのですの?」

「地下30階よ」

えっ、という顔をするリトスに、美夜は話しかける。


「ねぇリトス、あなたが生命力を集めるために作りだしたシステムね、あれはとても着眼点は良かったわ」

「何をいきなりおっしゃるの?」


エレベーターのドアが最下層についたことを伝えて開く。

外へ出たリトスが見たのは、巨大な地下のドームだった。

そしてたくさんの無機質な長方形のベッドが数え切れないほど並び、その上には当然のように人間が横たわっている。


「何ですのこれ?まさかこれは私の」

「そうリトスの術式よ。ここには約一万人が収納されているわ。彼らがあなたとその眷属に生命力を提供してくれる」

美夜は視線はベッドに向けたまま、レポートを読むように解説する。


「そんな、ですがこれは非人道的システムで、、、」

「さっき言ったようにシステムの着眼点は良かったのよ。でもね、それを実施する人間の選択肢が悪かったのよ」

リトスは理解した。

「だから監獄なのですね」


「そう、彼らは囚人よ。下手に死刑にすると神格化されてしまうような終身刑の犯罪者であったり、人権擁護団体の身内の殺人犯であったり、悪質なストーカーだったりね。下手に殺せない、でも社会に出したくない、でも意識不明の病人であったらどうかしら」

リトスは頷く。

「建前上は入院ですから、該当する犯罪者の面会や仮釈放も無いというわけですわね」

「その通り。寿命で亡くなることはあるけど、悲しいことに凶悪な犯罪者は無くならない。特にね、死刑を行わないというのは、選挙の際の評価に繋がるのよ」


美夜はリトスへ振り向く。

「リトス、これが私が、日本政府が真祖とその眷属に対して交渉を行う材料よ」

リトスは息をのんだ。

これだけの人数が在れば、眷属が飢え死にすることはまずあり得ない。ただ、大きすぎて、真祖といえど肝が冷えた。


「昨日聞いた見返りの件ですが、あれは本当なのでしょうか?」

ニコリと美夜は笑顔になる。


「現在日本には、建築を主とする人材が大量に不足しているわ。まず、力のある眷属の方には日本各地での業務に就いてもらいたいの。もちろん、正しく給与も支払われるわ。あと、その外の眷属の方については日本の高齢者や障害者の方たちを支援する施設での業務をお願いしたいの。家族となっている方については、出来るだけ勤務地は考慮させてもらうわ。併せて、日本国籍もプレゼントと言う感じね」


「そっ、それは条件が良すぎるのではないのか?」

リトスの言葉を美夜は否定した。


「いいえ、どちらもとても体力を必要とする仕事であったり、繊細ながらコミュニケーション能力が必要になるような内容よ。決して楽じゃないわ。だからこそこちらが提案するものだし、この施設についても日本政府が許可を出すのよ」


美夜は、如何かしら?とリトスに選択を要求する。

リトスはしばらく考え、生きていくための手段として交渉を受け入れることにした。

「私の扱いはどうなるのですか?」

「リトスは皇女殿下のようなものだし、今までのように学校に通って問題ないわ。その先の進路も、出来るだけ要望に添うようにするわよ。あっ大使館とかほしい?」

リトスは大使館については断り、日本政府に対して感謝の言葉を述べる。これは後ほど、総理に対して送られることになっていた。


つまりは形式だ。


美夜とリトスは施設を出て車、新幹線と乗り都内に戻る。リトスはここで美夜と別れ、電車を乗り換え、高校の女子寮へと向かう。


「早く美咲君に会いたいな」

リトスはただそれだけを望んでいた。



同日 特待生寮


目が覚めると、啓の目の前には八重子の寝顔があった。

確か昨日は八重子の看病をしつつ、床でごろ寝していたと記憶していた啓だったが、今は一つのベッドに啓と八重子が寝ている状況であった。


啓が慌ててベッドを抜け出そうとするが、八重子の足は啓の足を絡め、外れないようにしている。

取りあえず時計を見ると、既に夕方近い。どうやら疲労で爆睡してしまったようだ。


とにかく八重子を起こし、現状の言い訳をさせてもらうしかないと思い、右手で八重子の左肩を叩いて起こそうとしたとき、何故かドアが開いた。そして


「美咲君、あの昨日は本当にごめんね。これからも私ここにいられるようにな、、、、」


啓とリトスの目が合う。


「「えっ?」」


おかしな光景だった。


啓から見れば男子寮に、しかも鍵がかかっていたはずのドアを開け、昨日の事が嘘のように元気な姿を見せる伊井御。


リトスから見れば、思い人が狐の小娘と同じベッドに居て、且つ肩を抱きしめている。


「リトス、もう身体はよいのですか?」

口元に笑みを浮かべ、一人勝ち誇るような顔をする八重子。


「八重子さん起きていたの?これはあの、何かの誤解なんだよ、俺は何もしていないから!」

「はい、床で寝ていた啓くんが寒そうでしたので、わたしがベッドにお連れして抱き枕代わりにさせていただきました」


「はっ?」


リトスはこめかみをピクピクさせながら部屋に入り、啓を八重子から引きはがしにかかるが、八重子の絡ました足がなかなか外れない。


「ちょっとあなたいい加減にしなさいよ!美咲君が迷惑しているでしょ!」

「リトスさん、人の彼氏の部屋に勝手に立ち入るのは、はしたなくありませんか?」


リトスは一つのカードを掲げるように見せつける。

「何よ、恋人から彼氏にランクアップしたつもり?私だって寮長さんに合い鍵をもらったのよ!」


「あの、俺の部屋の鍵ってそんなに簡単に出回るものなの?」


翌週


学校は大分と落ち着きを取り戻していた。

入院していた生徒も退院し復学したが、元の副会長は、実務から離れた期間が長すぎたことをあり、リトスに正式に権限を委任した。リトスとしては、自分が引き起こした問題である自覚もあり辛い立場であったが、啓の後押しもあり再び副会長として力を振るっている。


初めは渋々通い出した八重子については、美夜と話し合い、急な仕事を除いては卒業までは通えるようになったという事だ。


10月の文化祭の際は、遊びに来た啓の母親に対して二人のアプローチが激しかったと、実家に帰った際に母に聞き、頭を抱えたというのは、また別の話である。



美夜はというと


いつもの事務所の中、ぬるいコーヒーに口をつけた。

八重子は既に学校に出ており、今は一人。


静かだが、寂しいとは思わなかった。


今の楽しみは、最近やたら女らしくなった八重子のことだ。

このまま啓と結ばれるのだろか、それともリトスが啓を奪っていくのか?


彼らには、人間と我々のような存在が共に歩む世界の架け橋になってほしいと美夜は願う。


そう思える未来は、何よりも明るい。


彼等が生きる意味を見つけたように、私も見つかるのだろうか。

それともすでに見つけているのに本人だけが気づいていないだけなのか。


私はいつも問い続ける。


いつか、私がこの地に還るまで。



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