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八重子の戦い

朝食


それは和食や洋食など、生まれ育った文化において変わってくるだろう。

しかし、彼女の朝食は特殊な文化のものといっても良い。


「ふぅ」

カーテンを閉め切ったそれほど大きくない室内で、黒の衣装身にまとい、同じ黒のベールに顔を隠した女性は口元からストローのようなものを放した。これが彼女の朝食。


その先にはグラス等はなく、ただぼんやりとした霧が小さく覆っている。端から見れば、水煙草を吸っているような光景だ。


椅子に座ったまま彼女はその余韻にしばらく浸っていたが、突如鳴り響く音が彼女を覚ます。

"Jocuri Poporale Româneşti"というクラシック音楽が鳴り響き、彼女はそれを奏でる赤い携帯を手に取った。


(わたくし)です。どうしました?」

彼女の口元が引き締まる。

「そう、もう三人も。。。あと、様子のおかしいものは何人ぐらい居ますか?」

彼女は天を仰ぐ姿勢で、その返答を聞く。

「分かりました、彼らは下手に行動しないように監視しておきなさい。(わたくし)も本日中に対処しましょう」

彼女は携帯を閉じると机の上に置く。彼女件の細い指先が静かに震え、天を仰ぐように空へ向ける。


「時間がないわ。ミヤ、お願いだから邪魔はしないで。。。」



昼休み


啓と八重子が屋上へ向かおうとした際に、校内放送かかかった。

"2-A 美咲 啓さん、夏樹 八重子さん、至急生徒会室まで手荷物を持ってお越しください"

放送はそれだけ伝えると、プツリと途絶える。

啓と八重子はお互いの顔を見合わせ、手荷物を持ったまま、生徒会室へと向うことにした。


生徒会室にノックをして扉を開けると、そこには伊井御が、一人机にお弁当を広げ座っていた。

「美咲君、夏樹さん、ようこそ生徒会室へ」

伊井御はにこりと笑い二人を歓迎する。


「伊井御さん、これってどういうこと?」

「えっと、二人とお話ししながらご飯食べたくて、思わず権力行使してみました」

啓はガクリとうなだれ、八重子はじっと伊井御を見つめる。

「伊井御さん、伺ったあなたの人物像と行動が合わない気がしますが」

「そんなこと無いと思うよ。まあ、最近とても忙しくて、ちょっとね、こういう気晴らしがしたかったの。さあさあ、ご飯にしようよ、ね」

伊井御は二人のために机を用意していた。

啓と八重子はそれぞれ席につく。

「ねえ、そのお弁当、夏樹さんが作ったの?」

彩り鮮やかなお弁当に伊井御は感嘆する。

「はい、私は家事は割と得意な方ですので。でも、伊井御さんのお弁当もかなりお上手に見受けられますが」

伊井御は少し照れたような顔をし、ブンブンと顔を振る。

「夏樹さんのには流石にかなわないよ。自分で作るというのは本当奥が深いわ」

伊井御は両腕を胸の前で組み、むむっと小さくうなる。


その後はたわいない会話がはじまる。趣味の話であったり、音楽の話であったりと、

ただ、啓は昨晩の伊井御の告白もあり、少しぎこちない対応となったのは仕方ない。

告白の件は、八重子には当然伝えていなかった。


どれぐらい時間が経ったのだろう、弁当箱は空となり、話しに花を咲かせ、かなり時間が経ったように感じた。

「変ですね、まだチャイムが鳴らないなんて」

先に言い出したのは八重子だった。啓は携帯を見つめると時間はとうに午後の授業が始まっている時間。

「本当、どうして気づかなかったんだろ、こんなこと一度もなかったのに変ね」

伊井御は生徒会室にある時計を今更のように見ていう。

「とりあえず、早く教室に戻ろう。先生の小言は聞きたくないよ」

啓は空になった弁当箱を持って立ち上がり、生徒会室の引き戸のドアに手をかけたが、張り付いたかのように動かない。


「あれ、鍵なんてかけたっけ?」

「何いっているの?室内は私たちだけなのにかける必要なんて無いじゃない」

かして、と伊井御は力いっぱいドアを引くがびくともしない。


「閉じ込められたようですね、私たち」

八重子がそこに別の力が発生していることに気づいた時、"うわぁぁー"と低音のように人の声が重なり響く。


「なんだこの声!」

「分からないわよ!でも他の教室からだと思うけど」

啓と言い出したの伊井御は交互に叫ぶ。

「とりあえず、何とかここからでる手段を考えましょう。かなり危険な状態と思われます」

八重子が窓からグランドを眺めると、そこには何人もの生徒がうつ伏せで倒れているのが見える。

「な、何よこれ!」

「大丈夫、みんなで何とかしよう。だから落ち着くんだ」

少しパニックになった伊井御を、啓は抱きしめた。


ほんの数秒の事だったと啓は思う。

啓は普通よりかなり早い16ビートの心拍を伊井御は感じていた。

「そこまでです」

八重子が間に入り、二人を引き離す。

引き離された啓と伊井御は、目が合うとそれぞれ顔を逸らした。

「緊急事態時ですので、この件の追求はいたしませんが、伊井御さんも私の恋人に抱きしめられたからといって欲情されないで下さい」

「だっ、誰が。それに何よその言い方、もっと言い方ってものがあるでしょ!?」

伊井御の抗議を八重子は受け付けず

啓に振り返る。その片手には携帯が捕まれていた。

「圏外です。どこまでの範囲か分かりませんが、たぶん外部との連絡は絶たれていると思われます。美夜様が気づかれると良いのですが。。。」


「でも、なんか突然すぎないか?すごく急すぎるというか、いきなりにしても大規模過ぎる気がする」


啓は、校舎の三階にある生徒会室の窓ガラスも確認するが、これも鍵がかかったように開かない。思い立ち自分が座っていた椅子を持ち上げ窓にたたきつけるが、堅い何かに阻まれ弾き返される。


「くそっ、このままじゃ美夜さんが来るまで誰も助けられないのかよ!」

啓は、窓ガラスに張り付き、外の様子を見て歯ぎしりする。


そんな啓に、八重子は一人生徒会室のドアに両手の手のひらを押し付けた姿勢で叫ぶ。

「啓くん、伊井御さん。これから一点集中で生徒会室からの脱出を実行します!余波がくることが想定されますので、お二人は目を閉じ、身を屈めて体を守って下さい」

伊井御は身を丸くして八重子を見る。

八重子は全身を薄い青い光に包まれたかのように見えた瞬間、啓が多い被さるように伊井御を抱き締めた。

「伊井御さん、目を閉じて!」

啓の言葉に伊井御は従う。それを確認した八重子は、瞳に青の色を宿し歯を食いしばる。その髪の色は鮮やかな青へと変わり、彼女の全身を覆うように足先まで伸びた。

八重子の両手の中には青く輝く短刀が現れる。八重子はそれを両手で握りしめたまま、ドアの一点に突き刺した。


力と力がぶつかり合う音、そして光が巻き起こる。


地響きのような振動が収まるまで、10秒ほどかかった。

その間、啓は伊井御を抱き抱えたままだったが、振動が収まると、土煙のように埃が舞っている事に気づいた。


「すごい。。」

啓が初めに見た光景は、廊下側の壁が外に向けて大きな穴をあけて崩れている様と、ゆっくりと呼吸を整えている元の姿に戻った八重子の姿だった。

「さあ啓くん、脱出です」


啓は今までこの校舎が、こんなにも長く、大きいものと実感したことは無かった。

先頭を八重子が歩き、その後ろを伊井御を背負った啓が続く。伊井御は気を失っていた。


「八重子さん、とりあえず教室に向かってみる?」

八重子は啓の提案に足を止め少し考える。

「そうですね、現状の確認をする必要はありますし」

八重子は啓の背に背負われた伊井御を見ると、ちょっと不快な顔をしたが、それも一瞬ですぐにいつもの様子に戻った。


教室の前に着いたとき、周りは嫌なほど静かだった。


ドアは生徒会室と同じように開かないかと思ったが、特に何をすることもなくガラリと抵抗無く開く。


「そんな、こんなことって。。。」

目の前にはクラスメイト全員が、机や床の上に倒れ込んでいる。

啓は伊井御を降ろすと、ドアに伊井御の身体を預けた。伊井御はまだ気を失ったままだ。


他の生徒の様子を確認すると胸は上下に動いており、生きていることは分かったが、顔は土色で意識混濁という感じだった。

また、全員の首筋に赤い斑点が二つ並んでいることを確認した。


「同じですね」

八重子も他の生徒を確認したようで、険しい顔を啓に向ける。


「俺、隣の教室見てくるよ!」

啓が教室の外に飛び出すと、意外な人物がそこに居た。


「あら、まだ動ける子が居たのね」

そこには、知的な眼鏡をかけたスーツ姿の女性、普段の黒髪は赤い炎のような色となり、啓を見下ろすように見ている。


「校長、、宮坂先生?まさか、あなたが犯人?」

宮坂は何も答えずニヤリと笑うと、その口には鋭い牙が二本覗く。


宮坂は人間ではあり得ない速度で駆け出し、獣のように啓に襲いかかろうとする。

啓は防御姿勢をとするが間に合わず、また、足を滑らせ後ろに転倒した。

転倒した啓の首筋に宮坂はその牙を突き刺そうと飛びかかるが、それは青い光の短刀に遮られた。


「啓くん、大丈夫ですか?!」

八重子だった。

普段のおっとりした表情から考えられない、細く鋭い目。短刀と同じ青の光を蓄えたその瞳が、宮坂を睨む。


「狐の小娘が邪魔をするか」

宮坂は一歩後ろに引いた瞬間、八重子は短刀を宮坂に向かい構え直し、斜め下から振り上げた。


そして血しぶきが舞う。


宮坂の左手は肘から下が切断され、灰のようなカサカサした血を巻き散らし、切断された手は灰となって崩れ落ちた。


八重子は短刀についた血を振り払い、宮坂に再度構える。

八重子の髪と頬には宮坂の血が飛び散っていたが、それらを気にすることなく宮坂に鋭い突きを放つ。


「くっ!!」

宮坂は背中から翼を広げ、大きく避けようとしたが、八重子の突きは左翼の付け根に深く突き刺さる。


宮坂の左翼はボトリと廊下に落ち、灰と化した。そして宮坂の苦痛の声が廊下にこだまする。


「終わりです、諦めなさい」

八重子がにじり寄った瞬間、宮坂の身体の色が失われ、霧のように拡散した。


「逃げましたか」

八重子は短刀の血を払い、鞘に戻す。


啓は短い時間に繰り広げられた死闘に、生きるためだけに戦う、純粋な美しさを見たような気がした。

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