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それぞれの夜


八重子と啓と分かれた美夜は、一人都内の事務所で来客用のソファーに腰をかけ、ぬるいコーヒーに舌をつけた。


「面倒な術式と見た方がいいのよね。しかも(たち)の悪い」

手元には、被害者たちの昏睡した様子を写した写真がある。

「意識を取り戻すことなく、身体のエネルギーを限界まで消費しては、医者に改善させての死ぬまで繰り返し。これじゃやっぱり、、」


再びコーヒーに口を付けようとした時、事務所内に薄い霧がかかった。

室内に発生する霧、それが異常なのは誰の目にも同じように映るだろう。

美夜は、そんな様子にも慌てず、対面するソファーに闇が発生するのを確認する。


「1400年ぶりぐらいかしら」

美夜はその闇に話しかける。

「お久しぶりです、ミヤ。まだこのようなことをしているとは、やはりあなたは物好きですね」

闇は黒いベールのかかった女性の姿となった。踵まである薄手の黒いワンピースのような衣装だが、胸元は大きく開き、深いスリットが入っていることもあり、妖艶にも映る。


頭はベールにすっぽり覆われていることもあり、その表情は分からない。


「それで、ここに来たのは昔話をしに着た訳じゃないでしょ?」

「もちろん。単刀直入に言うわ、この件、見逃してくれないかしら」


漆黒の女性は、少し声が震えたように、告げる。


「見逃す?こんな命を弄ぶ永久機関を作ろうとしている子からのお願いには聞こえないわね」

美夜はコーヒーを飲み干した。


「子って、、ミヤ、あなたは私をまだ子供扱いする気?わざわざ(わたくし)が直接このような汚い場所に顔を出したというのに」

「ガキのような行いをする相手を子供扱いしない方が逆におかしいでしょ。ねぇ、さっさと彼らを解放して国に帰ってくれない?それが私からのお願いよ」

美夜は目の色を黄色く光らせ、相手を小馬鹿に睨む。


「その言葉は、後悔しても良いという事かしら。あなたのお仲間が同じ目にあったとしても」

漆黒の女性は、膝の上の拳を握りしめ、ベールの奥から睨み返したようにも見えた。


「そりゃさ、あんたにはあんたの事情があることは理解するよ。でもね、それでもやり方って物があるでしょ。生きるためには人の命が必要なのは私だって同じだけどさ。でもね、家畜のように扱うのはいい気はしないわ」

美夜はすっと立ち、事務所奥のキッチンに向かい二人分のコーヒーを持って戻ってきた。


「あと、何人必要になるの?」

美夜は相手にコーヒー差出す。

「、、それをミヤに言う必要があるのかしら」

「さあ、それを判断するのはあなたの方じゃない?」

漆黒の女性は出されたコーヒーに口を付け、一言「ぬるいわ」と。

「私猫舌だから、温度の加減が無意識にそうなるの、ごめんね。」


「ミヤ、私にも守らないといけないものがあるわ。だから手は引けない。もう一度言うわ、仲間の命が惜しいなら手を引きなさい」

「交渉決裂か、それも仕方ないけど。でも、あなたも私を頼ってもいいのよ」

美夜は二杯目のコーヒーを飲み干した。


「.........」

漆黒の女性は無言とともに消え、立ちこめた薄い霧も消えた室内は少しひんやりとしていた。



校内、特待生寮の夜


啓の自室には、二人の姿がある。

1人は寮生である啓、もう1人は八重子。


「えっと、この部屋に本当に泊まるの?」

「はい、私は啓くんの彼女件、護衛役ですから、ご安心下さい」


二人は制服姿ではなく、室内着に着替えていた。八重子の髪からは洗ったばかりのシャンプーの香りがする。

特待生寮は建物は一つだが、真ん中でしっかりと仕切られ、男子寮と女性寮に別れているが、少し前に八重子は隣の女性寮で風呂に入り、着替えてから啓の部屋まで着たという事だ。

当然、この部屋に来るまでに他の女生徒や男子生徒にもあっているだろうし、会話もしたかも知れない。啓は勉学に集中するはずだった学生生活が、静かに音を立てて崩れかけているような気がしてならなかった。決して安心は出来ない。


「啓くん、そろそろ寝ましょうか。明日も忙しくなるはずですし」

八重子は啓のベッドに入り振り返った。

「えっと、八重子さん。俺はどこで寝たらいいんだろ?」

八重子にベッドをとられ、啓は居場所を失ったように、立ち尽くす。

聞かれた八重子は無言で掛け布団を持ち上げ、「どうぞ」と一言。


「八重子さんって、すごく礼儀作法にうるさい感じなのに、変なところで何というか不用心すぎると思うのだけど」

額に手をあて、啓はつぶやく。

「そうですか?私はこれでも誰かを守るのと同じように、しっかりと自分も守っていますよ。もし啓くんにそのように見えるのでしたら、私があなたを気が許せる相手として認識しているという事かも知れません」

八重子の瞳は、青く美しい光を蓄え輝いていた。

「青くて綺麗な瞳だね」

それを見て啓は思わず口にすると、八重子は優しく見つめ返す。

「これは代々私の一族に受け継がれたものです。今となっては私が最後の1人となってしまいましたが、それを綺麗と言っていただけるのは、私はとても嬉しいのです」


啓は一人、特待生寮の前に立っていた。

八重子にはちょっと手洗いに行くと伝え、部屋を出た。正直部屋に居づらかったのが理由だが。


「俺はこういうのには慣れていないんだよ」

特待生寮の玄関先で、啓は腰をかけた。

八重子は悪気があってあんな行動をしているわけじゃない、それは分かる。犯人捜す手伝いをする仲間だ、でも彼女の容姿や雰囲気は啓のタイプであったと、今になって気づいたとも言える。

だからこそ、二人だけだと居づらく、もどかしくなるのだ。


「こんなところで何してるの?」

そこにはコンビニの袋を持って帰ってきた伊井御の姿があった。


「伊井御さん、こんばんわ。買い物帰り?」

「そっ、ちょっと出かけていたの。で、何、夏樹さんに通い妻のように部屋に居着かれて、たまらず外出たとか?」

その案外はずれていない言葉に買いは言葉を失う。その表情を見て、伊井御はこめかみ近くがぴくっとする。

「ま、マジ?美咲君もプレイボーイと思ったけど、夏樹さんもなかなかすごいわね」


伊井御は啓の隣に座り込み、その顔をのぞき込んだ。

「伊井御?」

「美咲君はもっと自分を意識した方が良いよ、結構気になっている女生徒も居るみたいだからね」

そんな馬鹿なと、啓は笑う。

「俺は、もともと目立たない人間だよ。趣味は勉強ぐらいだし」

「でも、美咲君優しいじゃない。頭も良いし、ルックスだって悪くない。女たらしにも見えないし。でも、結構人を避けるところあるでしょ?だから気になっても不用意に女生徒が行動に移せないのよ」


意外な自分の客観的視点に、啓は驚く。それは最後の人を避けているという点。誰にも気づかれていないと思っていたからだ。啓はため息をつく。


「よく見ているね、確かにその通りだと思うよ。でも、不思議に伊井御さんとは俺は話しやすいよ」


伊井御は少し照れたように顔を伏せた。

「ねぇ、美咲君。生徒会の話だけど、どうかな?私は美咲君とならうまくやっていけると思っているんだけど」

顔を上げた伊井御の顔は、啓の顔のすぐ側に近づき、啓の顔とクロスするように首の横に来る。


「い、伊井御?」

「ねえ、美咲君は私のことをどう思う?」

啓の顔は紅潮する。いつもと雰囲気の違う伊井御に、啓は身動きが取れなくなった。


「お前はいい奴だよ、お等の目から見てもそう見える。まっすぐで、頑張りやで、それに美人だし。でも、、」

「でも?」

伊井御は目を閉じて、その続きを待つ。

「たまに寂しい顔をする」


沈黙が続く。

横をちらりと見た瞬間、伊井御の目に薄く涙が覆っていることに気づく。


「そう、そういう風に私は見えるんだ」

伊井御は啓から顔を離す。

「ごめん、変につっこみ過ぎた言い方したかも」

伊井御は顔を横に振る。

「あながち間違っていないから、謝る必要はないわよ。ねぇ、夏樹さんは彼女じゃないんでしょ?見たら分かるもの。だから、、」


伊井御は啓に別れを告げ、女子寮に帰ったが、別れ際の「私と付き合って」という台詞は、啓を更に惑わした。


自室に戻った啓は、ベッドで静かな寝息をたてる八重子を見て少し癒された。


啓は仕方なく机に突っ伏し、そのまま瞳を閉じる。その机の上のある写真立ての中にいる、今はもう居ない姉は、優しく啓を見続けていた。



目覚ましの鳴る前に八重子は目を覚ます。目に入った啓の、子供のような寝顔をする青年の頭を優しく撫でる。


「さて、朝ご飯の用意をしないと」

八重子は、寝ている啓の横で気にせず制服に着替え、その上にエプロンを付ける。

そして、啓の頭近くにある写真立てに話しかけた。


「私が居ない間、あなたが啓くんを守っていたのですね」

八重子は、写真立ての中の女性を見つめた。

長い黒髪の、愛情あふれる笑みを浮かべる女性。啓の姉。


啓の亡くなった姉のことは美夜から聞いていた。


家族思いの優しい姉、弟思いの姉、そんな彼女は何より大事な家族を残してまで、自分の命を絶たなければならない程追い込まれ、この世から消えた。


残された者の事を考えなかった訳はないだろう。しかし、人の行いはそんな彼女をそこまで追いむことが出来る。

人間は快楽を持って同族同士を殺すことが出来る生き物だと美夜は八重子に話したことがあった。


そんな人間を食す美夜は、可能な限り人間を守ろうとする。


「美夜様、人間とはいったい何なのでしょうか?」


八重子の問いに、答えるものは今、この場所には誰もいない。


啓の部屋に暖かく優しい食事の匂いが香るには、まだもう少し時間がかかりそうだった。

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