続続呪いの部屋
霊媒師。
兄貴からのコノ返答。
俺の頭の中はパニックに陥っていた。
今までの人生で身内からコノ言葉が出てくるとは、まして職業ですと言われるとは思いもよらなかった。
幽霊、霊感、霊媒師。
俺はこれらの言葉にいい印象を抱かない。
当然、占いなども含む。
所詮オカルトなどと言うのはただの頭の錯覚で、ましてこれらを職業にする人間は詐欺師でしかないと思っていた。
思っていたのだが、まさか兄貴が霊媒師なんかという詐欺師だったとは尊敬していた兄貴だけに残念な気分だ。
「兄貴、そんな嘘はいいから」
『本当ですよ。ってか、何故に何故にそんな質問? 幽霊でも見た?」
「いや……本当にそんな嘘いいから」
『本当だって。あれ、もしかしたら親父から何も聞いてない? いや、そうか。栄光は霊感があるのを自覚してなかったから親父が余計なこと言わなかったんだっけ? だったら何でこんな質問を今する? もしかして、霊感があるのを自覚した?』
霊感を自覚するもなにも、そんなものは無い。
『とりあえず、何でこんな電話してきたんか言ってみ』
言うのかぁ……目の前の不気味なストーカー電波エスパー忍者女のことについて。
正直、兄貴が何か知っているとは思えないのだがな。
「実は……」
俺は今までにあったこと、目の前の女が兄貴のことを知っていること、確認のために兄貴に電話したことを話した。
『一つ聞きたいんだけど』
先ほどまでとは違い、真剣な、真面目な声で兄貴が聞いてきた。
え、何いきなりシリアスモードになってるの? まずいの? コノ女ってまずいの? もしかして本当に幽霊……?
『栄光が住んでるマンションの名前って何?』
「グランドハイツ谷越」
少し、返答が遅れて兄貴から来た言葉に俺はどうしようもなく驚いた。
『……えー……非常に残念なお知らせがあります。そのマンション非常にヤバイです』
「は? ヤバイって?」
『栄光君の目の前にいる女性、かなりヤバイ怨霊です。俺も完全に祓えず、引き分けに終った怨霊です』
「えっ、ちょっ」
『ハイ、祓えなかったので、マンション全体を徘徊するのを栄光君が現在住んでいる階に限定するようにするしかなかった怨霊です』
「嘘だろ?」
『本当だよ。こんなこと聞いてお兄さんはシリアスモード全開で喋っています。ハァ……よりにもよってお前があのマンションに。いや、お前だったから住んでいても無事だったのかな』
……え、どういうこと? 俺なら無事ってどういうこと? いや、それよりもコノ女そんなにヤバイ人なの? いやいやいや、どう見たってだだの残念なカワイソウな気味の悪い女だよ?
「俺なら無事ってどういうこと?」
『お前の前に居るであろうその怨霊な、呪いがハンパないんだよ。普通の一般人だったら呪われて死んでるんじゃないか? 俺が祓いに行くまで何人か発狂して死んだか、精神的にやられたって聞いたし』
「そんなに危ない女なの? ただの残念なカワイソウな女にしか見えないよ」
『カワイソウって……いや確かに可哀相な奴ではあるけど。まぁ、栄光が無事なのはな、お前に――――』
兄貴が次に発した言葉を俺は生涯忘れないであろう。
『完全なる呪い耐性があるんだ!』
…………!?
『お前はありとあらゆる呪いが効かないッ! 無効ッ全くの無効ッ! よってその怨霊から死に至る呪いを掛けられようが無事なのさッ!』
おいおい、この兄貴はいったい何を言っているんだ。
完全呪い耐性? そんな、どこかのゲームのスキルにあるようなものを俺が持っている? ふざけるのも大概にしろよ。
ゲームの話じゃなくて現実の話をしているんだぞ。
本当に目の前の電波女に困って兄貴に電話したんだぞ。
それを、この兄貴は!
「ふざけるな、ふざけるなよクソ兄貴。完全呪い耐性だと。そんなもの現実にあるかッ!」
『まぁ、信じないわな。だが、俺が言っていることは本当だ。本当なんだよ。俺達の家系にはな、なにかしら不思議な力を持って生まれてくる奴がいるんだ』
あぁ駄目だ意味が分からない。
「仮に、仮に兄貴が言っているコトが本当だとして俺が呪い耐性を持っていたとする」
『仮にじゃなくて本当なんだがな』
「いいから最後まで聞け! その呪い耐性のおかげで俺は無事なんだな?」
『そうだ。もし持っていなかったら、今頃死んでるか発狂しているよ』
「マジかよ」
『マジだ』
たまたま住んでいる所に怨霊がいて、その怨霊が非常にヤバイ怨霊で、俺が完全な呪い耐性を持っていたおかげで死なずに住んでいる?
どこかの小説の主人公かよ。
あれか、もしかして他にも隠された力とか持っているのか? 中二病はとっくに卒業したぞ俺は。
『安心しろ。お前は呪い耐性以外に力は持っていない普通の大学生だ。不思議な力を持って生まれてくる家系に生まれ、兄貴は霊を問答無用で祓う力を持っていて、姉貴は未来を見える力を持っている。そんな家に生まれた普通の人間だ』
「姉貴もなんか持っているの!」
『あれ、聞いていない?』
「聞いてないよ!」
『姉貴は未来視っていうのかな? そんな力を持っている。 都会で占い師やってるよ』
なんかもう、わけが分からない。
今日で家族の秘密を初めてしったが、なんかなぁ。
信じるに信じられないことを聞かされて頭が回らないよ。
『じゃあ、そろそろ電話切るぞ。仕事の途中だからな。』
「あーわかった」
『言っとくけど、今までの話は全て本当のコトだからな』
「うん」
『それから、お前これからその怨霊以外にも幽霊見ることになると思うから、頑張れよ』
「えっどういうこと!」
『じゃあなー栄光ちゃん』
「もしもし! もしもし! 兄貴どういうことだよ!」
無常にも俺の言葉は兄貴には届かず、ツーツーという悲しい音が受話器から聞こえるだけだった。
『何だって?』
目の前の女が俺に聞いてくる。
「うん、いやちょっとね……」
さて、何と言うか?
実は完全呪い耐性を持っていて、君のその呪いは効かないんだよね。
そんなふざけた事を言っていいのか? いいわけあるかッ! 怒るよ絶対に怒る。俺なら絶対に怒る。
どうしよう? マジでどうするかなぁ。
『早く言え』
『早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く』
『ねえどうして死なないの? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?』
『死んでよ。早く死んで。死んで。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ねね死ね死死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ねね』
女から発せられる気味の悪い声。
スラスラと、鬱々しく暗く暗い声色で、真っ赤に染まった血の色に似た唇で、雪より白い不気味な顔の女が俺に言葉を掛ける。
死ねという呪いの言葉。
死に至る呪いの言葉を何度も何度も俺に掛ける。
「完全な呪い耐性が俺にはある! だから俺は死なない!」
焦った俺はなんともまぁ、間抜けなことを言ってしまった。
信じないよな、普通。
『ふざけてるの?』
ですよねー。
怒りますよねー。
『ねぇふざけえるの?』
俺もふざけていると思う。
兄貴に全て本当だといわれたが、どう考えても嘘にしか思えない。
だが、兄貴に言われたことをそのまま、この女に伝えるしか道はないんだよなぁ。
「自分で言っといてなんだか俺もふざけていると思う。だが、本当のことらしい」
『らしい?』
「兄貴がそう言ったんだ」
『兄貴?』
「高宮時地。俺の兄貴がそう言ったんだ」
『寺生まれの?』
「寺生まれのだ。俺の家系は不思議な力を持って生まれることがあるらしくて、俺は完全呪い耐性があるらしいんだ」
『そう』
両腕を組んで、う~んなんて言いながらなにやら考え込む電波女。
なんだろう、もしかして納得してくれるのか? だったら嬉しいのだけれど。
『わかった。信じる。納得した』
「信じるの!? 自分で言っておいてなんだけど納得するの!?」
『納得する』
納得するのか。
こんなでたらめもいい話を。
コッチとしては嬉しいんだが、何かなぁ。
『寺生まれの高宮時時が言っているんだから間違いない』
「そ、そうですか」
相手が納得するんであればこれでいいだろう。
それよりも、これからの話を目の前に居る女としよう。
兄貴の話を信じるなら、コノ女は怨霊である。
怨霊、つまり幽霊。
この世にいてはいけない存在。
そんな存在を俺は認めなくてはいけないのだが、やはりまだ信じられないのだ。
「えーと、兄貴の話を聞く限り、あなたは幽霊なんですよね」
『そう。あと幽霊じゃなくて怨霊』
「なにか、証拠とかあります?」
『証拠?』
「えぇ、証拠です。正直まだあなたが幽霊なのかどうか自分は信じられないのです」
『証拠は……一応ある。あと幽霊じゃなく怨霊。これ大切』
幽霊も怨霊もかわりないだろ! どっちも死人じゃないか!
「じゃぁ、あなたが幽霊……じゃなくて怨霊である証拠を見せてもらえませんか?」
『okバッチコーイ』
軽ッ! 軽いよ。
いきなりokってなんだよ。
幽霊って英語喋るの? さっきまで怨みの言葉を散々吐いていたやつがいきなりフランクなことを言うなんて、何か残念な気分だよ。
『見てて』
歩く。
歩いていく。
リビングの壁に向かい悠々と胸を張りながら女は歩いていく。
コレはもしかして、幽霊がよくやる壁抜けをやるつもりなのか?
期待に胸を膨らませ、少し興奮しながら女を俺は見つめていた。
女と壁までの距離はあと数センチ。
とうとう、壁にぶつかることなく女は隣の部屋に消えていった。
などということは無く、ゴツンと顔をぶつけ、蹲る自称怨霊の女が哀れにもそこにいた。
何と声を掛ければいいのやら。
微妙な雰囲気が部屋全体を包み込む。
「あ、あの……」
『もう一回』
「え?」
『もう一回やらせて』
女は再度、壁に向かって歩き出す。
壁までの距離はあと少し。
今度こそは、と、少し勢いよく壁に向かって突っ込むがゴツンと顔をまたぶつける。
「え……と」
『もう一度』
その後、女は何度も壁に向かって突っ込んでいくが、その度にゴツンと顔をぶつける作業を繰り返し、終いには涙目になりながら蹲ってしまった。
「もうやめましょう。人間は壁を通り抜けられないんです。ですから、やめましょう」
そうだ、人間は壁を通り抜けられない。
だからこの女は幽霊じゃなくて人間なんだ。
さっきのエスパー染みたことも何かトリックが合ったに違いない。
自分のことを幽霊なんて自称しているが人間なんだ。
きっとなにか嫌なことがあって、自分のことを幽霊と思っているカワイソウな女なんだ。
少しだけ、少しだけ優しくしてあげよう。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
『もういぢど、もういぢどお願い。でぎるんでず。ほんどうにでぎるの』
そんな涙声で言われても……。
女は涙を腕でぬぐい、真っ赤に腫らした顔で壁を睨みつけ、壁に向かって歩き出す。
やれるのか? いけるのか? 頑張らなくていいんだよ? 少し休憩する?
今度こそ、今度こそと祈る気持ちで勢いよく、女は壁に突っ込んでいった。
どうせまたぶつかるだろうと、俺は思っていたのだが女は俺の予想を裏切り壁の向こうに消えていく。
驚愕、仰天。
そんな思いを抱く…………ことはなく、壁の向こうから女の嬉しそうな悲鳴を聞きながら「よかったなー」と、少しだけ小さい子をもつ親の気持ちになっていた。