続呪いの部屋
部屋に大量の髪をばら撒いていたストーカー女が笑いながら俺の前にいる。
前髪で顔も見えないくらいの長い濡れた黒色の髪。
手足が長く病的にまで白い肌。
真っ赤に染まっている唇。
白いコートと白いセーターに白いロングスカートで改めて見ると胸の大きいストーカー女。
正直、恐怖を感じるよりも怒りの方が大きい。
毎回毎回、髪の毛を落とし、そのたびに俺が掃除をしなくては成らないめんどくさい作業の原因の女が目の前にいる。
さて、どうしようか?
大声で怒鳴る? ダメだ。
いきなりそんな事をしたら、ストーカー女が何をしでかすか分からない。
暴力行為なんて、もってのほか。
どうする? どうする? 本当にどうしよう?
考える、考えろ。
コノ状況をどう切り抜けるか考えろ。
ストーカー女を改めて見る。
相変わらず、気味の悪い顔で笑っていやがる。
あれっ、さっきよりも距離か近くないか?
こ、こいつ……徐々にゆっくりとだか近づいて来てやがる!
どうする、本当にどうしよう?
「俺の名前は高宮栄光。君の名前を教えてくれないか?」
な、なぜ自己紹介なんかしているんだ俺は!
もっと他にあるだろう……。
くそっ、このまま行くしかない。
対話だ。
このストーカー女とまずは対話から関係を進めよう。
そこから、突破口を開け俺。
「なぜ俺の部屋にいる? そして君の名前は何だ?」
ストーカー女は何も答えず、一歩俺に近づく。
「質問に答えろ。君は俺のストーカーか?」
ストーカー女は何も答えず、また一歩俺に近づく。
「なぜ答えない? 君は喋れないのか? なぜ俺の部屋にいる? 君はいったい何者だ?」
やはりストーカー女は何も答えず、笑いながら一歩俺に近づき、とうとう顔と顔がくっ付きそうなぐらいの距離にまでなってしまった。
前髪から見える黒い瞳。
真っ暗な目。
闇よりも深く、暗く暗い大きな目。
そんな物と見つめ続ければ普通なら恐怖し、叫び声を上げるだろう。
しかし、今俺にあるのは恐怖よりも怒りの方が大きい。
毎回毎回、大量の髪を部屋にぶちまける迷惑行為。
声を掛けても無反応。
あろうことか、俺をおちょくるようにニヤニヤと笑いながら近づいてくるその態度!
もうだめだ……いっそのこと……い、いやダメだ。落ち着け、落ち着くんだ俺。
対話だ。
ゆっくり、じっくりと紳士的な態度で接しろ。
「のどか乾かないか? 今お茶を入れる。そこのソファーにでも座って、待っていてくれ」
ストーカー女の両肩に手を当ててそう言うと、彼女は目を見開いてギロっと俺を見た。
あ、あれ? 今……コイツ驚いたよな?
何か驚かせるような事をしたっけ?
兎に角、茶だ。茶を入れよう。
急須から湯飲みに茶を入れながらストーカー女を見る。
ストーカー 女はソファーに座らず、俺のことをただただジッと見ていた。
ただし、グワっ! と熊が威嚇するように両腕を挙げる変なポーズでなのだが。
……コイツはいったい何がしたいんだ?
ストーカー女は何度も何度もグワっ! と両腕を上下させる。
グワっ! と両腕を上げては少し考え込むかのように動きを止め、またグワっ! と両腕を上げる行為を何回も何回も飽きずに、グワっ! とする。
俺に『想いよ届け!!』といわんばかりの勢いで。
『なぜ届かない!?』と焦りと焦操感に苛まれるように両腕をグワっ! としている。
コイツ、実はアホなんじゃないか……?
白一色の服装に、黒く濡れた長い髪をした見知らぬ奇妙な女が奇妙な行動をしているのは本来ならば恐怖を感じる場面だ。
しかし俺は、恐怖よりも「何かカワイソウ……」と、ストーカー女を見て思ってしまった。
……少しだけ、優しくしてあげよう。
「ソファーに座ったらどうですか? お茶が入り終わったので今もって行きますよ」
お盆に乗せたお茶をソファーの前に在る少し小さなテーブルに置き、俺はソファーに座った。
ストーカー女は一瞬だけ戸惑いを見せつつもオズオズと俺から少し離れた位置に座った。
さて、ここからだ。
ここから、彼女について聞いていこう。
優しく、スマートに紳士的に聞いていくんだ。
「はじめまして。もう一度自己紹介をしますが、私の名前は高宮栄光といいます。貴女の名前を伺ってもよろしいですか?」
ストーカー女は何も答えない。
「……名前は?」
ストーカー女はまた答えず。
「もしかして、喋れないんですか? でしたら、紙とペン――――――――」
『何で死なないの?』
その時どこからか声が聞こえた。
『何で死なないの?』
この声はどこからだ?
目の前のストーカー女からではないはずだ。
『何で死なないの?』
現に彼女の口は堅く閉ざされているのだから。
『何で?』
いったいどこからだ?
『どうして?』
どこからこの声が聞こえてくる!?
『答えて?』
落ち着け、考えろ。
『ねぇ答えて?』
もしかして……いや、まさか?
『答えろ』
そうなのか? こんなことありえるのか?
『答えろ!!』
「……わかりました、答えます。その前に質問がしたい。……この声は貴女ですか?」
ストーカー女はコクンと一度だけ頷いた。
……脳内に……直接だと……!?。
こ、こいつエスパーなのか!? ストーカー忍者じゃなくて、ストーカーエスパーなのか!?
「脳内に直接響いてくる声は貴女のなんですね?」
コクンと再度彼女は頷く。
『質問ニ答エテ』
マジか……マジなのか。
この声は目の前の彼女なのか……。
「なぜ死なない? と言われても、そもそも貴女は俺に何かしましたか? 刃物で刺すとか、何かで頭を殴るとかされていないんですが? 質問の意味がわかりません」
『呪っているの』
呪っている?
「呪っている? 誰を?」
『あなた』
ヤバイ、意味が分からない。
いきなり、貴方を呪っているなんていわれても意味が分からない。
あれか? 電波的な人なのか?
「呪うとか意味が分かりません。何を言ってるんですか?」
ストーか女は俺に向かって、グワっ! と両腕を上げる変なポーズをもう一度した。
『何で死なないの? あなた何? 人?』
なんだと! 人!? 人って言ったのか!? あなたは人ですか? って聞いたのか!?
ふざけるのも大概にしろよ!
「なんなんですか人って? 俺はどこからどう見ても人間だよ! それよりも、お前誰だよ!? 勝手に人の家に入っては髪の毛をぶちまける! いちいち掃除するの大変なんだぞ! こっちの質問にさっさと答えろ電波女!!」
『魔法少女』
ワケガワカラナイヨ。
「……」
『嘘』
「お前は何者だ?」
『魔法少女につっこまないの?』
何を言っているんだ? つっこむはず無いだろ!
『怨霊』
「ハ?」
『私は幽霊らしい』
「ふざけているのか?」
『本当。私は幽霊。寺生まれの人が言ってた』
ま、ますます意味が分からない。
え、何? 幽霊? この女が幽霊? おいおいおい、何言ってんの? どこから見たって生きてる人にしか見えないよ? だって触れるし。足もあるじゃん。
「お前は何を言っているんだ? 幽霊? 仮にお前が幽霊だとして俺が触れられるのは何でだ? 証拠をみせろよ証拠を。第一、寺生まれの人って誰だ? 嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐け」
くっそ、このままじゃ埒が明かない。
やはり、話し合いをしてる場合じゃないな。警察に行こう。
『どうして私に触れられるのかはコッチが聞きたい。どうして?』
「意味が分からない。普通に触れるだろ」
『無理、私は幽霊。触れない』
「それはお前が幽霊じゃないからだ」
『私は幽霊。寺生まれの人が言ってた』
こいつは何故そこまで幽霊にこだわる? 幽霊に憧れでもあるのか?
「さっきから言ってる、寺生まれの人ってだれだよ? どうせ嘘だろ?」
『高宮時地』
「……え?」
『高宮時地。寺生まれの人の名前。その人が言ってた』
「兄貴?」
俺には五つ年上の兄貴が一人いる。
謎の多い人物で、普段何をしているか分からず、家を空ける日も多くありたまに帰ってくると、よく分からない地方の変なお土産を渡してくる変な兄貴だ。
しかも、俺と兄貴の実家は由緒正しき歴史あるお寺である。
寺生まれで、名前が高宮時地。
確かに兄貴だ。
いや、もしかしたら同姓同名で同じ寺生まれの別人かもしれない。
「……その高宮時地って言う人はどんなひとだ?」
『右頬に大きな傷、アロハシャツに麦藁帽子。あと、似合わないサングラスしてた』
……間違いない兄貴だ。
何年か前に大きなケガを顔に負って実家に帰ってきたことがある。
さいわい命に別状はなかったが右頬に消えない傷が残り、母さんに心配されてたことがあった。
まぁ、兄貴と父さんは名誉の負傷だとか言って別に気にしていなかったが、お手伝いさんのお菊さんが壮大に怒り始めて、家中めちゃくちゃにしていた記憶がある。
『どうしたの? それより早く質問にこたえて』
「あぁ……わかった。質問にはこたえる。その前に少し待ってくれないか? 兄貴に電話をしたい」
『……早くして』
携帯から兄貴の携帯のアドレスを出し、兄貴に電話をかける。
「もしもし、兄貴か?」
『いよーいよー愛しの栄光ちゃんじゃないの! どないしたん? 電話なんて珍しいこと」
「聞きたいことがあるんだ」
『聞きたいこと? いいよーなんでも答えるよー答えられる範囲でだけど。あちょっとまって。コォラー逃げんなーとっとと成仏しろ! ってか死ね! いや死んでるか!」
な、なにが起きている? 死ね? いや成仏? 何を言っているんだ兄貴は?
『悪い悪い、ちょいと仕事の真っ最中で』
「あ、後にしようか」
『大丈夫大丈夫、今終わったところだから。で、何? 聞きたいことって?」
「兄貴ってさ、何の仕事してるの?」
『霊媒師』
……え?