始まりの始まり
ある暑い夏の日。
日が落ちて直ぐの事。
町外れにある小さな村にふらりと現れた白いスーツ姿の一人の男。
爽やかな笑顔を浮かべふらりと一軒の民家へ入っていく。
すると、数分後、悲鳴が聞こえその後出てきた男は、白いスーツが赤く染まっている。
その男を見ると人は恐怖を感じた。
男から逃げるように後ずさりをするが、目が合ってしまった男。40代だろうか、髪には白髪が少し混じっている。
「やばい! 死ぬ!」
生きる力だろう、瞬時にして死を察した。
だが、逃げる暇など与えないのが奴の特徴だ。
スーツの男は、一瞬にして男性の首筋に噛みつき、血を飲み干す。
みるみる、男性には血の気が引き、さっきまでの面影が消えた。
干からびた様な姿に変わっている。
村の人は、鬼だ! 悪魔だ! と言いながら逃げるが、あっと言う間に人は男の餌食。あちこちに広がる血。
そんな中一人の青年が立ち上がるが、小さな剣を握り締めた手は小刻みに震え、肩で大きく息をし目には涙が滲んでいる。
「しねーー!」
だが、立ち向かう青年は人間ではない速度で移動する男に戦う事なく餌食となった。
ゆっくりと味わうかのように、クチャクチャと音をたてながら食べている。
一息ついた男は満足気な顔をし。
「さて、そろそろ行くとするか……」
と言うと霧の様にその場から消えていった。
村の人間は半分以上も減り全て殺されていた。
殺された人の首筋には二つの傷。
物凄い力で粉々にされた遺体。
これは正しく吸血鬼の仕業だったが、その場に居た人びと以外誰も信じようとはしなかった。
この事件のニュースは世界中に流れ、架空の存在と思われている吸血鬼が現れた事で一時期話題となった。
だが、信じる者と信じない者と分かれ、信じる者達が集まり1つの組織を作り上げた。
それが【鬼業】――吸血鬼を世界中から追放しよう団体。
初めはインターネット内での活動で世界中広まったが、ネットの世界。
面白半分で参加する人現れそれも含めたった数千人ほどしか居らず、しかもネット内だけでの活動となってしまうのが目に見える。
だが、ある動画で世界中を震え上がらせた。
新たな年になったばかりの午前0時過ぎ。
明けましておめでとう。
歓びの言葉で溢れていた東京都のある交差点が悲鳴と叫び声で一変した。
フラフラとした足取りで何かを探すあのスーツ姿の男。
「見っけ……」
何かを見つけニヤリと微笑み若い女性に声を掛けた。
「どうも、お嬢さん」
男は手を差し出し、女性の手を取る。
お嬢さんと言われるのが可笑しく女性は笑ってしまう。
そのまま狭い裏道へと行くと男は目を赤く。輝かせ鋭い牙を剥き出しにすると。
「キャー!」
微かに交差点に響く悲鳴。
狭い裏道から出てきた男の口元には赤いものが付いている。
ざわざわとしていたは街は一人の男によって静かになった。
赤い光りが2つこちらを見ている。
血だらけの口は牙剥き出して不気味な笑みを浮かべている。
好奇心で近づく人、恐怖に感じた人は逃げようとした。
中にはカメラを持ち写真や動画を撮る人。
その男が吸血鬼とも知らずに……。
「なんだ、こいつ。写真に映らないぞ!」
そう。レンズ越しに男は映らない。
ただ、口元に付いた血だけが宙に浮かぶように写っている。
以外と男は気にしている事だったため、レンズを向けられ怒りが押さえきれない様子。
ゆっくりと、人だかりに近づく。
それに合わせ人も男から遠ざかる。
「俺を、俺を写すな……!」
ピキピキと音を立て、カメラや携帯にはヒビが入り、それが大きくなりパリンと音をたて割れてしまう。
その瞬間、悲鳴とわめき声が響き渡った。
「逃げろ!」「まだ死にたくない!」「殺されるぞ!」
状況がわかっていない人は何がなんだかわからなく、ただ何かから逃げるだけ。
男は、どんどん離れていく人をただ見ているだけだ。
すると、目の前で転ぶ高いヒールを履いた20代位の女性。
その女性に目をつけ、女性は悲鳴を上げ周囲が振り向く。
時もう遅く、女性はもう変わり果て見るも無惨な姿になっていた。
更に悲鳴は大きくなる。
「うるせぇな……食事の邪魔だな」
少し不機嫌になる男は鋭く尖らせた爪を女性の胸へと突き立てる。
徐々に手は奥へと食い込み、完全に手が背中から突き出た。
恐怖で固まってしまう人を見て声を高からげ、笑い始める。
すると、バンバンと銃声の音。
その先には警察が50人ずらっと男を包囲する。
弾は確かに男に当たっただが、こんなの効くわけがない。
「怯むな、撃て撃て!」
と警察官が言うと、次々に弾が放たれる、するとスーツ姿の男の後ろから、ぞろぞろと赤く光るものが近づいてくる。
「やれ……」
その言葉で後ろにいる何かが物凄いスピードで警察官を狙う。
その何かは、ここ数ヵ月で行方不明になっていた人々、年齢はバラバラで10歳くらいの子供も居れば50代位の男女が約50人いる。
あっという間に警察が次々に倒された。
辺りは血の海。
大量に流れる血の上を歩く度ぴちゃぴちゃと音がなる。
もう、悪夢のような地獄のような世界は始まり、奴らは夜になると再びやってくる。
日が落ちると外は静かだ。
誰も家から出ることはないのだが、誤って奴らを家に招いてしまうともうおしまいだ。
毎日怯え一日一日が生きた心地のしない生活の日々。
死人が出ない日はない。
もう。どれくらいが過ぎただろう。
そして、我々はいつ滅びるのだろうか。
そんな日本の中心街から少し離れた住宅地。
家もほぼ倒壊し誰もいない暗い道を男の子が一人で歩いていた。
昨夜、吸血鬼によって家族を失い、幼いながら残酷な光景で絶望的だったのだろう、死人のような目をしている。
彼の体は無傷だが、小さい心に大きく深い傷を負ってしまった。
彼の名は、リヤン・アルバン、6歳。
途方もなく歩いているリヤンの前にそれぞれ違う服を着た、三人の男性が来た。彼らは吸血鬼ではなかった。
「僕。名前は?」
パーカーにジーパン姿の30代くらいの男性が不意にアルの肩に手を乗せると、
「いや!」
リヤンは、手を振り払いその場にしゃがみこんだ。
「大丈夫か!」
別のスーツ姿の40代の男性が言った。
「早く、安全な家へ」
「そうだな」
「ここら辺はもう、人はいない」
「近くにある教会はどうだ?」
「とりあえず、いくか! 考えている暇はないぞ!」
アルを抱き抱え、教会がある方へ走る。
温かい、人のぬくもりにアルは小さな声で両親を呼び続けた。
思い出していたのだろう。
走って10分ほどした所に小さな教会があった、中には数十人、今はまだ助かっている人々がいた。
男性3人はアルを教会の中へ入れるとすぐにまた外へ出ていった。
これが3人の最後の姿。
彼らはもう二度とここへは戻っては来れない。
奴らによって彼らは餌食に……。
幼い子供の身代わりとなったのだ。
子供は無事だった。