六之三
後ろをちらと振り返れば、角力のような巨体の男と、小柄で痩身だが笈のような箱を背負った男が、退路を塞いでいる。
眼の前に立ちはだかる女は、じつに大柄な女であった。
歳の頃は二十代中ほどであろうか。異人の血が混ざっているのではないかと思われるほどの彫りの深い顔には左眼に眼帯をつけている。背丈は嵐よりも少し高いくらいだろうが、胸も尻も大きく、全体的に肉置きが豊かなので、体脂肪の少ない嵐にくらべるとひとまわり以上も大きくみえる。臙脂色の着物を襷で袖をしばって、裾を尻からげにして手っ甲脚絆をつけ、まるで女人足といった風体であった。
その女はすでに勝ち誇ったような笑みを浮かべて胸をそらし、どこまでも高圧的な声音で云った。
「そっちの女中のお嬢ちゃん、黙って背中の風呂敷包みをわたしな。おっと、そっちの百姓のふりしたお嬢ちゃんは動くんじゃないよ」
結いもせずに顔の片方だけ垂らした長髪をなびかせて、女は肩に担いでいた細長い物をこちらに向けた。
火縄銃である。
しかも先端には短刀が取り付けてある。後の世に云うところの銃剣である。
伏見の町中だと、横道脇道がいくらでもあり、逃げ隠れしやすいのだが、橋上ではそうは行かない。強盗にはうってつけのシチュエーションである。考えたものだ。
碧はお菜美をかばうように、銃口と彼女の間に入った。
――しまった。
内心で碧は焦慮していた。
武器が帯に挟んでいる懐剣しかない。まさかこんな事態に陥るとは夢想だにしていなかった。暁星丸も忍者刀も屋敷においてきている。
その懐剣の柄に手を置いた瞬間、
「お前たち、やっちまいな!」
大柄の女が号令すると、後ろのふたりが、へいと応じて碧とお菜美に襲いかかる。
お菜美は抵抗する術もない、叫声とともに、角力男につかまってしまった。
助けに入ろうと碧が懐剣を抜いて飛びかかると、横合いから得体の知れない物体が眼前を通り抜けた。通り抜けたと思ったそれは、空中で停止し、碧の行く手をはばんでいる。
眼を横に走らせると、痩せた男が背負った笈のような箱から、巨大な腕が二本出ていて、その片腕が彼女の眼の前にあるのだった。
からくり式の腕であった。近代的に云えばロボットアームとでも呼称したほうがわかりやすいだろうか。
痩身の男は、その付け根についた装置で、自分の腕より三倍ほどの大きさのからくり腕を操っているようだ。
男が腕を動かすとからくり腕も動く。その腕をもどして、
「なあ、嬢ちゃん、悪いことはいわねえぜ。痛い眼をみたくなかったら、おとなしく引っ込んでいな」
出っ歯でぎょろ眼で頬のこけた貧相な顔立ちにまるで似合わぬ、気取った喋り方で云うのだった。
お菜美が悲鳴をあげた。
肩をつかんでいた角力男が、お菜美が肩掛けにしている風呂敷を無理に引き取ろうとしたものだから、彼女が抵抗して、脚をすべらせて転んだのだった。
「おっと、ごめんよ。女には優しくしろって、いつも姐さんにいわれてるだに、ほんとごめんよ」
角力のような巨体の男は、その見ために反しない、鈍重な喋り方であやまった。
碧が、その角力男に攻撃しようとすると、轟音が鳴り響き、小さな物体が頬をかすめ飛んだ。
「動くなって云っただろう!」
大柄女が鉄砲を撃ったのだった。
直後、女が銃身の付け根についたレバーを引くと、なにか小さな筒のようなもの(薬莢であろう)が排出され、排出した穴に銃弾を挿入してレバーをもどした。
ひと拍子の間の一連の動作だったが、碧は驚愕せざるを得なかった。
よく見れば、その銃には火縄のような物が見当たらない。
それは、元込め式ライフル銃というものであった。
完全なオーバーテクノロジーである。
その銃を発明したのは、ここにいるからくり腕を操る痩身男であったが、それに関しては今は語る暇がない。
「あんた、やっぱり百姓じゃなかったねえ、その身のこなし、忍だろう?」
そこへ、銃の轟音を聞きつけて、港にたむろしていたあぶれ人足たちが集まってきた。
どないしたんや。喧嘩か。物獲りちゃうか。おい種子島を持っとるで。どっちがどっちや。そりゃあ娘たちが襲われとるに決まっとるやろ。
火事と喧嘩は江戸の華というが、この手の荒々しい連中は江戸でなくても喧嘩揉め事が大好きだ。すでに何十人かの男たちが、橋の両たもとに群れている。
「ちっ」と大柄女が舌打ちした。「面倒なことになってきたねえ。おい、はやく書状を奪っちまいな!」
へいとまた応じて角力男がお菜美から風呂敷包みをむしり取った。
「それは、大切なものなんです、返して!」
お菜美が角力の腕に飛びつく。が、男が腕を軽く振っただけで、弾き飛ばされてしまった。




