五之十二
――これはまいったな。
エミリオは自分の甘さを悔いた。
寄腔蟲の弱点を暴き出してくれたところまでは良かったが、こうもたやすく処理されると、こちらとしては今後の計画に支障をきたす。
彼は嵐のあの直線的な性格を小気味よく思い、戦闘センスに感嘆するとともに、ある種の危機感さえも感じたのだった。
――鬼巌坊があの娘を気に入るのもわかる気がするが。
彼女はここで葬っておこう、とエミリオは決心した。
「娘よ!」
エミリオは嵐に向けて云った。どこまでも高圧的に叫ぶように云ったのだった。
「お前にはここで消えてもらう。最後にひとつ、実験材料になってもらってからな」
云うと彼はその指をならした。
高らかな音響が響くと、社の影や、杉木立や、岩の後ろから、地響きのようなうめき声とともにみっつの影が現れた。
ゆっくりとした動作で、大地を一歩一歩踏みしめるように姿をあらわしたそれは、具足をつけた侍のように見えたが、しかし、その兜の眉庇のしたにみえる顔は、いや顔だけではなく、おそらく身体全体が、ミイラのように干からびていた。
「これらは、ここに来る道中で出会った野武士たちだが、目障りだったので、私が始末した。その死骸に、ほんの戯れに寄腔蟲を植えつけてみたのだが……、さて、これらも生きた村人と同様に始末がつけられるかな」
野武士のミイラたちは、鎧具足に身を固めているだけではない。その手には、切れ味は悪そうだが、身幅の厚い野太刀を握りしめていた。
しかも三人とも嵐よりも背がずいぶん高く、上方から高圧的に迫ってくるような圧力があった。
嵐は身構えた。
――あの南蛮人は馬鹿か。
としか彼女には思えない。
蟲に対する処置法は万全なのに、なぜまた繰り返し、生者死者の別はあれども、同じ手駒をぶつけてくるのか。
気持ちを整えて精神を集中し、嵐は踏み込んで正拳を突き出し、近づく正面の野武士に律動を叩きつけた。
「む?」
うなって、瞬時に飛びのいた。
飛びのいた後に、野太刀がふりおろされ、乾いた音を立てて地面をえぐった。
妙な感触だった。
生きた人間と死体とでは、その中に巣食う寄腔蟲の性質、つまり律動の質が違うのかと思った。
だが、そうではないようだ。
まるで律動が弾かれたような感じで、体内の蟲まで届かないような印象だった。
旋律の律動とは生き物が持つ魂心体の波動だ。その律動を放つ嵐の攻撃は死者には伝わらないのだろうか。
ちょっと嵐の思考能力の限界を超える難問のような気がした。
だが、彼女はまたにやりと微笑んだ。
なにせ、相手は死体だ。生きていないのだ。だったら、
「思う存分、ぶっとばせばいいだけのことだ!」
嵐は跳ねると、野武士の顔面を拳で殴った。
衝撃で首の骨が折れ、兜をかぶった頭部が、背中に倒れた。
だが、生きる屍たる野武士は、動きをとめない。
のけぞりながらも、野太刀をふりおろす。
上空から迫る閃光を、嵐は避けもせず、反対に野武士に身を寄せつつ、落ちてくる二の腕を打った。
屍の肘から腕が折れ曲がる。
そのままさらに胴を殴る。
嵐の拳は腹巻鎧を砕き、背中まで貫いた。腕を抜くと、屍の腹にぽっかりと見通しのよい風穴があいた。
彼女はくるりと反転した。
すでに、別の屍野武士が背後に迫っていた。
嵐は反転しつつ、その膝を払う。
骨が砕ける鈍い音とともに、倒れ落ちてくる胴に一撃を入れる。
今度は身体の上半分が吹っ飛んで、首と両腕が跳ね飛んだ。
上半身は四散したが、しかし、地に転がった下半身だけが折れ曲がった脚をばたばたと動かして、まだ立ちあがろうとしているのだから凄まじい光景だ。
嵐はそれにかまわず走る。
助走をつけて飛び上がると、最後の野武士に回し蹴りを入れた。
上腕に入った蹴りは、そのまま腕も肋も粉砕し、骨の砕かれた屍は境内の隅まで転がるように飛んでいき、杉の幹にぶつかって、動きをとめた。
ほっと息をついた嵐に、紫黒の炎が放たれた。
それは、まったくの視野の外からの攻撃であったが、野生的勘の優れたること至高を極める彼女の反射神経は、炎の弾丸を眼にすることもなく、風がつむじを巻くように躱したのだった。
炎は嵐の脇を通り過ぎて、今蹴り飛ばした野武士の屍にあたって燃えあがった。
嵐は首を回した。
炎を投擲した南蛮人は地に降りていて、さらに二弾、三弾を投げつけようと手のひらのうえに黒炎の塊を浮かべていた。
「お前にはここで消えてもらった方が我らにとって良さそうだ。観念するのだな」フードの奥の茶色い眼が鋭い殺気を宿して光った。
「観念するのは、お前の方だ。異国の地で果てる、不幸な運命を嘆くがいい」嵐は臆することまるで知らず、その身を構えた。




