五之二
茶臼山から観望する景色は、すべてが灰色がかっていた。
冬のくすんだ蒼い空に、色彩を失った樹々、大地を流れる砂塵。
この山は周囲の平地からちょこんと盛り上がった、山というより丘と記すのが的確であるような、ごく小さな丸山である。
しかしながら、天満川から大坂城、さらに南へと四里ばかりも続く台地上にあるせいか、周りに遮るもののないせいか、その大観たるや爽快きわまりない。
右手に四天王寺とその門前町、ちょうど一里先に見える大坂城の巨大な天守閣。
その間を埋め尽くす、人と軍旗と炊事の煙。
人の声や呼吸や衣擦れや足音などの無数の音が重なり、重なり合った雑音が異様な低周波となって耳に届き、嵐の心を揺さぶり、ざわめかせるのだった。
音だけではない。
人のひとりひとりが発する緊張や怒気や不満や悲嘆などの感情がひとかたまりとなって、大坂の地を包み込んでいた。
そんな矮小にして愚弱たる人々を、睥睨するかのごとく屹立する、大坂城の天守は、一里の彼方にあるとは到底思えぬほど、厳然たる威光を台地全体にあまねく放射している。
九度山で、宿敵鬼巌坊と手合わせをして、自分の技量がまだかの者に遠く及ばざるを痛感し、さらなる修行を積むために再び御在所山山麓の庵を訪れた嵐であった。
しかし、彼女の顔を一目みると懐かしがる様子もなく果心居士は、
――おお、いいところへ来た。これから戦の見物に行こうと思っていたところじゃ。お前、ちょっとついてこい。
などと嬉々として云いながら、嵐に供をさせて、大坂まではるばるやって来たのだった。
ちなみに、嵐お気に入りのあの山羊は、山の麓に住む炭焼きの老爺の家にあずけてきた。
ここに来るまでの間、居士は何を教示するでもなく、ただ彼女に驢馬の轡をとらせていただけだった。
嵐は不満の募ること、もはや膨満の極みであったが、しかし、居士には居士の、なにか深い考えがあるのかもしれないと、諾諾と従ってきたのである。
そこへ、徳川の兵士が寄って集って追い出しにかかって来たから、ストレス解消に数人をぶっとばしてやった。
すると今度は、大久保某という親爺が難癖をつけに来たものだから、つい喧嘩腰になってしまったのだが……。
その、いったんどこかへ立ち去った大久保彦左衛門は、四半刻もたたずに戻ってきた。
と思ったら、唐突に、握りこぶしほどの大きさの袋を地面に投げおいた。
無数の銅貨の嚢中でぶつかりあう音と、地に落ちた重い音があたりに響いた。
「なんのつもりだ。あたしたちがそんな端た金で動くと思ってるのか、みくびるんじゃない」
嵐はまた唾棄するように云い放った。
しかし、彦左衛門はなぜか余裕の笑みを浮かべている。
いぶかしむ嵐に、彦左衛門は云った。
「馬鹿者、誰がお前ら物乞いふぜいをどけるためだけにこんな大枚をはたくか。これは、正式な仕事の依頼じゃ」
「依頼?」嵐が訝しんで訊き返した。
この時、ずっと景色を見つめたまま眉ひとつ動かさなかった果心居士のその眉がぴくりと震えたのを、嵐も彦左衛門も気づいてはいない。
「実はの、近ごろ、紀伊の熊野の周辺で、戦に呼応するようにして一揆が起きそうな気配がある」
彦左衛門の話に多少の解説をつけくわえて語るとこうである。
紀州という土地は、元来大名の足下にくだるを良しとしない気風があり、国人、地侍による自治が長年行われてきた。雑賀衆や根来衆が有名である。
彼らは豊臣時代になって武家の支配に屈する形にはなったのだが、統制が緩やかであったためか、別段の騒動も起こすことなく時はすぎた。
しかし、関ケ原後、浅野家が移封されてくると、事情が一変した。
当時の藩主であった浅野幸長は苛烈な支配体制を敷いたため、紀州生え抜きの国人たちの反発を招いた。
年貢納入拒否という小さな反抗ではあったが、それは、現当主の浅野長晟に代がわりしても続いていた。
そこに眼をつけたのが、大野治長であった。
治長は配下を派遣して熊野周辺の国人を使嗾し、主戦場たる大坂の、云ってみれば後方攪乱のため、一揆を先導したのであった。
これには花神恭之介の入れ知恵があったようだ。
それはまだ散発的で大きな形になってはいなかったのであるが、かねてよりくすぶっていた埋火が着々と燃え上がり始めていたのは事実であった。放っておけば、それは野火となって大地を燃やし、手のつけられない大火となるは必定であった。
「なんであたしらが、一揆の鎮圧に出張らなきゃならないんだよ」
不満げに口を挟む嵐に、
「話はまだ終わっとらん、最後まで聞かんかっ」
彦左衛門がかっとなって叱責する。
その一揆が起きんとする気配のある北山郷のさらに北の山間に、羽舟村という小さな集落がある。
「その村がどうも妖魔に占拠されているらしい」
彦左衛門は口辺を引きつらせて云った。




