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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第三章 哀怨霧中

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三之十一

 碧は素早く背中の荷を解いて、野良着を脱いで、いつもの紅色の忍装束となり、風呂敷包みから取り出した籠手と臑当を装備する。

 そして、(つか)に魂魄石の埋め込まれた暁星丸(あかぼしまる)を背負い、愛用の忍刀(しのびがたな)は右の腰に差している。

 これは、果心居士の指示によるものだった。

 碧としては使い慣れた忍刀を右手に、暁星丸を左手に持って闘いたいところであるが、居士は利き腕に暁星を持てと云う。そうでなくては、旋律の律動を充分に発揮できん、と云うのだ。

 さほどこだわりはなかったことでもあって、居士の意見にしたがっているのだが。

 ちなみに、利き腕というが、忍者である碧も嵐も鶫も、両腕を同じように使いこなせるように訓練されている。云ってみれば、右手でも左手でも箸を持つことができ、なんの違和感もなく食事ができる、というものである。つまり、彼女らにとっての利き腕の定義とは、投げられたものを反射的に受けとめるのが利き腕、くらいの意味合いでしかない。

 碧は、腰を落として、周囲の気配を探った。

 樹木の幹が見えているのが三間ほど右、それで見える範囲が判別できるが、それ以外の周囲は濃い霧に包まれていて、木が見えていなければ、距離感も方向感覚もまるでつかめない。見上げても、さっきまで煌々と照っていたはずの太陽すら位置がつかめない。

 碧は、瞬時に抜き放てるよう背中の暁星丸の柄に手をかけて、慎重に、探るように、前進した。

 すり足で、一歩、一歩……。

 恐ろしいのは、敵の襲撃ばかりではない。碧たちはこの辺りに、まったく土地勘がない。今、不動谷川が、進行方向の左側を流れていたはずだ。しかも、先ほど、霧に包まれる直前に見た風景は、道のすぐ横が崖のようになっていて、その下を川が流れていた。さほど高くはない崖であったが、下手な落ち方をすれば、脚を骨折くらいしかねない。

 そろり、そろり、さらに碧は進む。仲間の影を求めて。

 が……。

 視界の端に、黒い何かが横切った気がした。

 はっとそちらをみるが、見えるのは濃霧ばかりであった。

 また、逆の視界を、何かが横切る。振りかえるが、やはり霧……。

「あっ」

 と声を出したのは、右手首に何かが絡みついた感触があったからだった。

 その何かに引っ張られて、刀の柄から手を放してしまった。

 続いてそれは、胴に、左腕に、足首に巻きつき、碧の身体が、じょじょに持ちあげられてゆく。

 その巻きついているものは、太さは一寸ほどで、ぬめぬめと粘液が表面に付着していて、蛇のような細長い生き物のようでもあったが、そうではない、なにか、クラゲの触手のような……。

 その黒光りした触手は、碧を捕らえているものだけではなさそうだ、他に何本も何十本もの触手が辺り一帯にうねうねと地面を這いまわり、空中にうごめいている。

 ぬるぬると滑りやすそうな表面の触手であるのに、腕を引き、脚をもがかせ、身体をゆするが、どうにも絡みついたまま離れない。

「ふふふふふ……」

 どこからか、女の含み笑うような声が聞こえてきた。

 ――どこから?

 碧は触手に絡みつかれたまま、なすすべなく声の主を探すように首を振る。その首へ、さらに触手が巻きつく。とたんに、締め付けられ、息が、かろうじてほんのわずかにしかできない。

「う……」

 窒息寸前の、苦悶のうめきを唇から漏らした時、

「ふふふふふ」

 声とともに、女の顔が、正面から現れた。

 霧の粒子を押し分けるようにして近づいてくるその顔は、乳白色の霧に溶け込むほど白く、唇は赤く、しなやかに流れるような柳髪、ゆるやかに弧を描く柳眉、その下の、細くわずかにつりあがった目尻の、瞼のあいだの赤く底光りする瞳……。歳は二十をいくつか過ぎているようだが、霊妙な美しさを持っていた。

「おぬしが碧かえ?」

 豊満な胸を窮屈そうに白い小袖に収め、白い千早を羽織り、緋袴をはいて、まるで巫女のような格好をしたその女は、宙に浮いている碧の顔に、その不気味なまでに妖麗な顔を近づけてくる。つまり、彼女もなにか浮遊しているようであった。

「なんとも、小面憎い小娘よ」

 唇に冷酷に薄く笑いを浮かべ、しかし、その眼は決して笑っておらず、その瞳に浮かぶ光には憎悪の色が滲んでいた。

 しかし、碧はこの巫女に恨まれるような覚えは、けっしてない。

 そして、さらに腿に巻きついた触手が、じょじょに上に、――股の間に向けて先端が這うように登ってくる。

 碧は、必死に膝を閉じようと力んでみたが、両足首に絡んだ触手が股をひろげ、這い登る触手を(こば)むことができない。

 その触手がついに陰部に到達し、先端が秘裂をなでる。

「おや?おや、おや?おぬし、処女かえ?うふふふふ、恭之介様にずいぶん大切にされておったのじゃなあ」

 その言葉に含まれているのは、あきらかな嫉妬であった。

「きょ、きょうの、すけ……」

「おぬしのその憎たらしい唇からあのお方の名が発せられるなど、おぞけがするわ」

 その眼を憎悪でゆがめて云うのだった。

「まあよい、処女は怨魔閻羅(おんまえんら)様の大好物。今ここで、その清純、無残に奪ってやろうぞ。無様に(けが)してやろうぞ」

 さらに、新たな触手が、碧の襟元からすべりこみ、乳房を、その乳頭を、舐めるように(もてあそ)びはじめた。

「うふふふふ、あはははははは」

 女の哄笑が、霧の中にこだまする。

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