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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第二章 心魂流露

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二之二

 峠道から森林へとわけいって、北を目指す。

 長門から教えられた道なき道を、方向感覚と距離感と体力を頼りにして、少女くノ一の三人が、ずんずん進んでいく。

 方位磁針がなくとも東西南北を正確に判別できる方向感覚と、歩数で距離を計測できる距離感と、何より登ったり下りたりの激しい、天地開闢以来人間が一度も踏みこんだことがないような鬱蒼とした、地面には厚く腐葉土の積もりに積もった山中を進んでいく頑強な肉体とがあって、初めて目的地にたどりつけるのである。

 ほんの十度十五度方角がずれれば、けっして果心居士の住処にはたどりつけないのだ。

 木の間隠れに見える御在所岳の雄大な山容を楽しむ余裕などは、もちろんない。

 訓練を積んだ彼女たちでなければ、何町歩いたのか何里進んだのか、どの方角に向かっているのかさえわからなくなる樹海の中を進むと、(実際は五町ほどしか峠道から離れていないのであるが)突然視界が開けた。

 直径十間ほどの円形の空き地に、高さが三、四丈もあろうかという大きな合歓木(ねむのき)があって、大きく枝を広げた樹冠には豆のような果実がぽつりぽつりとなっていて、その下に、小さなずいぶんくたびれた(いおり)があった。

 いつふきかえたのかわからない傷んだ茅葺きの屋根にはところどころ雑草が育ってしまって風にそよいでいるし、壁板も黒ずんでしまっている。

 周りにはこぢんまりとした畑があり、葱や茄子が植えられていて、鶏が数羽放し飼いにされてもいた。庵の脇には柵囲いがあり、中に驢馬(ろば)がいて、その向こうに人の腰くらいの高さの四つ足の角の生えた白い生き物がいた。

 碧たちは生まれてこの方見たことがなかったので、奇妙な生き物だと不審げに見入ったが、それは山羊(やぎ)という生き物であった。肉を喰うために飼っているのか、乳を取るために飼っているのかは、筆者にもわからない。

 ちなみに、驢馬も当時の日本では珍しい家畜であったが、日本の在来馬がポニーのように背の低い種類であったせいか、彼女たちは驢馬を見てもちょっと形の変わった馬、くらいの印象しかもたなかったようだ。

「もし、ごめんください」

 碧たちは、庵の入り口に立って、訪いをつげた。

 だが、返事がない。

 開け放たれた縁側から覗いてみても、囲炉裏の切ってある六畳ほどの板の間には人影はない。

 六畳間の向こうにももう一部屋あるようだが、三人の(しのび)の卓越した感覚を研ぎ澄ませてみても、人の気配はまるでしない。

 ただ、一匹、囲炉裏の向こうに、灰色の虎縞模様の猫が脚を広げて気持ちよさそうに寝ているだけだった。

「なんだよ、留守みたいだな」

 嵐がつまらなさそうにつぶやいて、さっき見つけた奇妙な白い生き物を、興味深げに観察しはじめた。

「せっかくここまで来たのに、手ぶらで帰るわけにもいかないわ」

 碧もいささか困惑した。

「三度たずねないと話も聞いてくれないとか云う、どこぞのもったいぶった軍学者でもないでしょうに」

 と鶫にいたっては、くたびれ損の憂さ晴らしに厭味(いやみ)ったらしくこぼすのであった。

「お帰りになるまで、待たせてもらいましょうか」

 疲れがたまっていた碧は、縁側に腰かけた。山中を駆け巡ることなど慣れっこの彼女たちであったが、さすがに脚が固く張ってしまうほどの難路であった。

「まあ、山の中の一人暮らしとはいえ、こんだけパアパアに開けっ放しなんだから、すぐに帰ってくるんじゃねえの」白い珍妙な生き物が草を食べることを発見した嵐は、足元の雑草をちぎって、面白そうにあたえていた。

「囲炉裏に火もついたままだし、鉄瓶もかけたままだし」鶫は丹念に細部を観察していた。

「あはは、腹減ってるのかな、ばくばく喰うぜ」

 山羊が草を食べるのがえらく気に召したらしい、嵐は、メエメエと鳴き声を器用に真似しながら、手にした雑草をつぎつぎに食べさせている。

 碧は綿のように疲れ、凝りきった脚を揉んでほぐしていると、

「勝手に餌をあたえるでないわ」

 背中からしわがれた、しかし張りのある怒声が聞こえた。

 弾かれるようにして立ち上がって、碧が振りかえる。嵐も鶫も声のしたほうに振り向いた。

 そこに、――囲炉裏の向こうに、くすんだ着物を着て、ぼさぼさの白髪白髯の老爺が座っていた。その髪も髯も霜のように真っ白でありながら、しっかりと頭皮にしがみついているようで、太く長く生えていて、毛の量も多い。そして、骨と皮ばかりの皺の寄った手で鉄瓶から湯呑みに茶かなにかを注いで、うまそうにすすっている。

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