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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第一章 地獄恋歌

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一之十四

 東湯舟にある藤林屋敷の敷地の奥には、(やしろ)がある。

 近代の会社の敷地の片隅につくねんと鎮座しているよくある稲荷神社のような小さなものではない。三間四方の、云ってみれば神社そのものが庭に建てられているようなものである。

 黄昏時。

 もう陽の光もほとんど届かず、暗闇が周囲を支配しつつあった。人の時間が終わりを告げ、妖魔の跋扈する時間が始まろうとしている。

 藤林長門は、母屋と土蔵の間にある社の、鳥居をくぐってその前にたった。そして手をあわせた。

 朝夕参拝するのは日課であったが、それとともに、今回は妹たち年若い忍三人の無事を、祖先の御霊に祈らずにはいられなかったのだった。

 仲の良かった兄妹であったわけではない。むしろ疎遠であった。だが、こうして自らの命令で妹を危地に送り出してしまうと、妹を案ずる憂悶がしとど湧きあがってくるのだった。それが、血のつながりというものなのかもしれない――。

 今は閉じられている、社の正面にある仰々しい格子扉の奥には神鏡があって、その前には神饌(しんせん)の米や野菜などが欠かさず供えられている。

 その神鏡と神饌の間には、藤林家重代の家宝とされているひと振りの小太刀が納められていた。

暁星丸(あかぼしまる)

 という。

 刃の長さは二尺ほど。朱鞘で、(つか)は少し長めになっていて、黒い柄巻は鍔元から三分の二くらいまでしか巻かれていない拵えだった。

 その柄巻のない柄頭の方は黒漆塗りになっていて、抜き穴があけられていて、そこには親指ほどの大きさの楕円形をした、薄桃色で反対側が透けてみえるほど透明の、妖しいまでに至美至極なる宝石がはめ込まれていた。

 藤林家に古くから伝わるその薄桃色の宝玉は魂魄石(こんぱくせき)と呼ばれ、人の魂が結晶化したものと口伝されてきた。

 その宝玉から発せられる霊気によってこの社全体が神聖で厳かな空気に包まれているようだった。

 うやうやしく刀掛けに置かれている宝刀に取り付けられているその宝石が、いつからか、人知れずほのかに輝いていた。

 扉の内のことで、そのことに長門は気づかなかった。

 長門が母屋の陰に歩き去ると、入れかわるようにして、ひとつの六尺ほどの高さの影が、幻のようにふと現れた。

 特殊な鍵で閉じられているはずの扉を造作なく開け、なかに消えると寸時もおかずすぐにまた姿を現した。その右手に宝刀暁星丸を握り……。

 敷居を一歩越えかけたその脚がぴたりととまった。

 黒い影の視線のさき三間ほどのところに長門が凝然とたって、こちらを射るような眼差しで見つめている。

 黒い影のような人物も立ったまま長門を見つめかえす。

「賊っ、みくびるでないわっ。貴様ごときこそ泥の気配程度、察知できぬと思うてかっ!」

 黒い影は、長門の言葉に、苦笑をもって返す。

 長門は、盗人を誘い出すため、あえて気づかぬふうをよそおって、母屋の陰に隠れていたのだった。

 彼はこそ泥と云ったがその装いは奇妙であった。面相は鴨居の影でしかと判別できないが、小袖も袴も、上に引っかけている袖無し羽織も、紫がかった黒色で全身統一されていて、ある種の、――忍の頭領たる長門がぞっとするほどの不気味さを醸し出していた。金糸で縫いとられた羽織の縁がなにか気障りでもあった。

「こそ泥風情が、暁星をなんとする。それは、ぬしごときが扱える代物では……」

 長門の言葉を聞き流すように社の中から姿を現したその影が、社の両脇に立つ灯籠の(ほの)明かりに照らし出された。

 その顔……。

「花神……、か?」

 長門は眉をひそめた。

 ――いや、こやつ、まことに花神なのか?

 彼ほどの忍の頭領が暗がりとはいえそれと気づかぬほど、花神の雰囲気は一変していた。さらに疑問もよぎる。

 ――生きて帰ったのならなぜ姿を見せて報告せぬ。なぜ宝刀を盗もうとするのか。

「おさがりあれ、長門殿。それがしの(ほっ)するはこの暁星丸のみにて」

「欲すると云われて、素直にくれてやるわけがなかろうが」

「ゆえに、無断で拝借つかまつらんと思うたまでで」

 人を見下したような態度で()れたようなことを云う花神の、総髪をうしろで束ねたそのふさが長く垂れて、かすかな風に緩やかになびいていた。

「ふざけるなっ!」

 叫んで長門が腕を振る。

 同時に花神が身をよじる。

 と、今まで花神の(ひたい)があった場所をつっと何かが閃いて、社の壁に突き刺さった。

 長門の放った棒手裏剣であった。手のひらほどの長さのものだが、彼ほどの熟達者であれば、人の頭部くらいは簡単に貫通する威力があった。にもかかわらず、花神は別段慌てるふうもなく、何気ない調子で(かわ)したのだった。

 長門の腕が、続けて数回振られる。振られるたびに棒手裏剣が、一条二条……、幾筋も残像を描いて飛ぶ。

 しかし花神はその軌道が見えているように、軽く身を捻ってすべてを躱す。

 むう、と長門はうなった。

 花神の口の端が、嘲弄したようにゆがむ。

 その目にふと燐火のような光が瞬いたように長門には見えた。

 その瞬間、長門は悪寒が背筋に走った。

 ――こ奴はもう人間ではない……。

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