六之十二
総攻撃初日の戦いはいったん終息し、本丸から陣所へ戦況の確認に来た大野修理治長に、杉谷善珠が任務に失敗した詫びを入れると、
――そのようなことは気に病むに及ばぬ。それよりも、お主が無事で良かった。
そんなことを云って、ねぎらうように善珠の肩を叩いた。
ただ聞いただけでは、善珠の身を心配しているように受け取れるが、彼女からすると、いささか空疎な文言の羅列にしか思われないのであった。
そうして修理は、気に入りの客将である日下某とかいう生っ白い顔をした男を引き連れて、陣所から去っていった。
かつて、善珠たちが大野家に転がり込んだころ、修理は客分一同を広間に集めて、皆の前で弁舌をふるった。
まず最初に、自分の経歴を自慢した。私は淀の方様の乳兄弟である、太閤様の馬廻りを務め、信頼も厚かった――、などと。
そして豊臣のために働けることがどれだけ光栄であるか、日本の未来のために命を懸けることがどれほど尊いことか、を雄麗な言葉で飾り立てて語り、そこに集まった者たちをまるで英雄のように形容した。
最後にこんな一言で締めくくった。
――私は皆の才能を愛する。貴君らのような才能溢れる者達と共に働けることをうれしく思う。
その言葉を、善珠は砂を噛むような思いで聞いていた。
周りの者たちは口々に、「あなたのような立派な経歴のかたのもとで働けるのは光栄です」「私を理解してくれるあなたのためなら身命を賭す覚悟です」「優れた方のもとには多士が集まるものですな」などと修理を崇仰していたが、善珠は違った。彼の長広舌のなかで発せられる語彙のひとつひとつに、なにも感動するところがなかった。
修理の言葉の端々からは、弱者にたいする思いやりや優しさがまるで感じられないのだ。言葉に温もりがないと云ってもいい。才能を愛するという耳触りのよい言葉は、見方を変えれば、才能を持たないものは不要だ、と云っているようなものではないか。人を道具としか見ていない証拠ではないか。
善珠にとって、修理はそういう浅薄な男にすぎなかったし、物事のうわべだけを見てその本質を見抜けない周囲の者たちは愚かでしかなかった。一族を侮蔑してきた里の者たちと同類の凡愚にしか思えないのであった。
――修理のような経歴を誇大に吹聴する自己愛の強い人間には、地べたをはいずって生きている者達の苦衷などはけっして理解できはすまい。
この女の男に対する評価は、いつも辛い。
善珠は、四半刻ほど、差配役の男に今日の戦果の報告をしたり、朋輩とたわいない世間話をして、自分の肩をたたきながら、陣所から退出した。
今日一日、櫓の上にのぼったままで、徳川の足軽をさんざん狙撃して、書簡奪取に失敗したストレスを解消できたはいいが、銃を撃ちすぎて、腕を動かすたびに筋肉も関節も重い疲労と痛みに苛まれた。
「明日も今日みたいに楽な仕事だといいですね」
のぞきの制裁で両の頬を腫らしたゼニヤスが気楽そうに云うのへ、
「なに云ってやがるんだい。銃を撃ちまくってたのは私ひとりだったじゃないか」
「おいらの働く場所がぜんぜんなかっただよ」
トロハチが愚痴をこぼした。
「そうだね。徳川ももっと本腰を入れてかかってきてくれなくっちゃ面白くないねえ」
善珠は伸びをして答えるのだった。
辺りはもう赤く染まって、打ち捨てられた死肉をあさりに、烏が群れをなして総構えの辺りを舞っている。
陣所の小さな木戸のところまでくると、見張り番とどこかの使い走りらしき少年足軽が押し問答をしていた。
少年は、大事な手紙だから大野修理様にじかにお渡ししたい、お会いできないか、と懇願するように云っているのへ、木戸番が、もうここにはいないから他を当たれ、などと煙たいものを追い払うように云っている。
「ではいずこにいらっしゃいますか?」「そんなことはわしのしらぬことじゃ」「どなたにおききすればわかりますか?」「しらんともうすに」
そんなやり取りをしている横を通り過ぎた。
だが、善珠の心になにかが引っ掛かった。
彼女は通り過ぎかけた足をとめて、振り向いた。
「おいあんた」と少年兵に声をかけた。「あんた、どこからの使いだい」
その少年は、身体をびくりとひとつふるわせて、陣笠を目深に被った顔をさらにうつむかせて、
「あ、あの、真田さまからです」
まだ声変わりしていないようなうわずった声音で答えた。
そのひとことで善珠の疑念が確信に変わったと云っていい。
大野治長は基本的に本丸に詰めきりで全軍の指揮をとっている人間で、たまに前線に視察にくることがあっても、じっと落ち着いていることなどなく、ほかの陣をまわって将から報告を受けたりもしているのだ。
真田の使いがそんなことを知らないはずがない。だいたいそんな重要な手紙なら、こんな下っ端にまかせず、どうして真田本人か重臣が直接届けに来ないのだ。
「お前」と善珠は恫喝するように云った。「その笠をとりな」




